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昭和最後のビッグイベント [その他鉄道ネタいろいろ]

こんばんは、gonanaです。
今朝、私の入っている視覚障碍者の鉄道ファンのメーリングリストに、4年前に乗り物系のネットニュースにこんな記事が出ていたという情報が寄せられ、朝から31年前のことを思い出して、懐かしい気分に浸ってしまいました。

【今日は何の日?】「オリエント急行」日本で運行開始 (乗りものニュース)
https://trafficnews.jp/post/44414?fbclid=IwAR1ILrlGCaUpLYx3iMgpAsl7ixu4woOf7gcdXs-9rfGMakv3APi-MgO2b_0

今思い出しても、空前絶後のスケールの大きなビッグイベントでした。
何しろ、パリから香港へ、そして海を渡って東京へという壮大な鉄道旅を、日本のテレビ局が企画したというのもバブル真っ最中のあの頃を象徴していますし、ヨーロッパの鉄道車両が日本の線路上を、日本の機関車にけん引されて、乗客を乗せて走行したというのも、日本はおろか世界的に見ても大きな出来事だったといえるでしょう。
しかも、青函トンネルを通って北海道へ、瀬戸大橋を渡って四国へも乗り入れたというのも、JR在来線のレールが全国で一つにつながった「一本列島」になったこの都市にふさわしい出来事と言えるでしょう。
仮に今このような企画が持ち上がっても当時以上に様々なハードルが実現を妨げるのではないかと考えると、当時まだ全盛期の勢いがあったフジテレビと、発足からまだ間もなく「何でも新しいことをやってみよう」という気概にあふれていたJR各社だったからこそ、様々な障害を乗り越えてこの壮大なイベントが実現し、歴史に残る出来事になったのでしょう。
このオリエント急行の日本国内運転が終わって間もなく昭和の時代は終わりを告げたわけで、まさに昭和最後のビッグイベントと呼ぶにふさわしい快挙だったといえるでしょう。
そのオリエント急行、もちろん私もどこかで見たかったのですが、なかなか時間が取れずに撮影はおろか見に行くこともできず、ましてや乗車などできるはずもありませんでした。
当時鉄道雑誌でオリエント急行国内運転時のいろいろな写真を見るたび、見たり撮影できた人たちがうらやましくてたまらなかったのを覚えています。
もしタイムマシンがあってこのオリエント急行日本国内運転期間に戻れるなら、もちろんオリエント急行の撮影を各地でしたいと思いますし、特に日本運転のフィナーレにして最大の目玉でもあった、D51498号機の復活初運転でもあった上野→大宮間の運転や、お召機EF5861号機牽引の姿はぜひ見に行きたいものです。

31年前と今では、あらゆる状況が大きく変わり、もうこんな壮大でスケールの大きなイベントは不可能かもしれないけれど、いつの日かこんな夢のある列車が走る日が来てほしいものです。

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