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10年前の広島遠征 その2 [その他鉄道ネタいろいろ]

こんばんは、gonanaです。
10年前の広島への鉄道旅の振り返り、第2回です。

東京駅から500系のぞみに乗ること4時間ちょっとで、今回の遠征の目的地広島に到着しました。
この時の広島への遠征の目的の一つは、広島地区の山陽線・呉線・可部線で活躍していた、103・105・113・115系といった国鉄型電車たちを撮影すること。
今でこそ新形式227系に車種が統一された広島地区の電化路線各線ですが、この遠征をした2010年当時はこれらの路線の快速・普通列車にJR化以後製造の車両はなく、口の悪い人からは「酷鐵廣嶋」などと言われ、地元でも「カープが優勝するのとJRに新車が入るのと、どちらが早いか」などという声もあったという状況でした。
しかし、この状況は国鉄型電車好きとしては、車種や塗装もバラエティーが豊富な「国鉄型パラダイス」ともいえる楽しい状況でした。
そこで、そんな状況のうちにぜひ広島地区の各形式をとりまくろうということで、この時の遠征に出かけることにしました。

ということで、さっそく新幹線ホームから在来線ホームへ移動して撮影開始です。
何しろ、貨物列車と芸備線のキハ120を除けばホームにやってくるのは国鉄型車両ばかりで、しかも列車本数もそこそこ多いので、ほとんど休みなくいろいろな列車を撮影しまくりました。
そんな中で、私が撮影できてラッキーだったと感じた編成を撮影順に挙げると・・・
(各編成の配置区や編成番号、列車の行先や列車番号などは当時のものです。また、特機以外の車両の配置区は当時の広島運転所でした)

★113系F-08編成
在来線ホームに降りて最初に撮影した16:47発の呉線安浦行1952Mがこの編成。
いきなり湘南色の編成に遭遇して幸先の良いスタートになりました。
この編成の4両全車は、関西地区にいた当時に高速化改造が行われた際、車号が原番号+5000に改番され、さらに後年その高速化対応化の解除で元の番号に戻った際に各車のナンバーの千の位の5を緑色で塗りつぶしただけで済まされたため、形式の後のハイフンと車号との間に不自然な間が開いていました。

★103系E-04編成
この遠征中に撮影したいと思っていた国鉄型電車たちの中でも、特に狙っていたのが103系。
一時は20編成近く在籍していた広島地区の103系もこの遠征の時点で4両編成が5編成、ワンマン対応化改造を受けた3両編成が3編成の陣容に減っていた(この他に当時岡山電車区に貸し出し中の編成が2編成あり。ちなみにこのうちの1編成には3日後に遭遇することになります)ので、まだ活躍がみられるうちに撮影や乗車をしておきたいと考えていました。
そして103系撮影の最初の編成が、16:57発の可部線可部行785Mに入っていたこの編成。
この編成の両端に連結されていたクハ103-815と822は、2005年にJR東日本から譲渡された車両で、広島運転所に配置された実績のあるクハ103の中では数少ない高運転台タイプでした。
この2両の車内は、淡緑色の化粧板と水色のシートモケットという東日本時代のままの状態になっていました。

★103系B-09編成
17:02着の呉線広からの655Mで到着したこの編成は、延命工事施工の有無に関係なく戸袋窓が埋められた車両がほとんどだったJR西日本の103系の中で、各車とも戸袋窓が残されたままになっていた数少ない編成でした。

★105系K-14編成
可部線緑井行3775Mに入っていました。
この編成の可部寄りには、クハ103 1000番台(地下鉄千代田線乗り入れ用)を改造したクハ105 0番台が連結されていました。
隣のホームに停車中の103系B-09編成と並んだ姿を見ると、クハ105をグレー地にエメラルドグリーンの帯、クハ103をエメラルドグリーンに塗装を復元して昭和時代の常磐線を再現したらと妄想してしまいました。

★103系D-01編成
17:24着の呉線広からの5954Mで到着。
同じ広島運転所の103系でも、4両編成のB・E編成に対し、D編成は主に呉線で使用されていたワンマン対応化改造施工済みの3両編成でした。
撮影開始からわずか30分のこの時点で、103系は早くも3本目のゲットとなりました。
★113系F-09編成
山陽線岩国行5471Mに入っていました。
この当時、広島運転所の113系の中でベージュ色の車体に青色帯の「瀬戸内色」の編成はこのF-09編成とF-12編成の2編成だけだったので、ある意味これも貴重でした。

★岡山電車区115系A2編成
この編成は、大規模な延命工事が施工された編成でしたが、同じ延命工事施工済み車でも、塗装のベースカラーが広島・下関両運転所所属車の白に対して、岡山電車区所属者はベージュとなっていました。
当時岡山電車区の115系が広島支社のエリアまで乗り入れる運用は少なかったので、これも貴重な存在といえました。

★103系B-07編成、E-07編成
当時5編成が残っていた広島運転所の103系4両編成(B・E編成)は、この2編成を撮影できたところで4編成目の遭遇となり、全編成ゲットまであとB-08編成を残すだけとなりました。
B-07編成の両端のクハ103-43・44は昭和39年製という古参でした。
★103系D-03編成
3編成しかない103系D編成も2編成ゲットで全編成撮影にリーチとなりました。

★岡山電車区115系K1編成
これも広島駅では貴重な存在だった岡山電車区の115系でしたが、この編成は中間に元117系のモハ115・114のユニットを組み込んでいました。

結局、途中で1時間少々食事等のためホームを離れましたが、あとは21時半頃まで芸備線ホームも含めて広島駅在来線ホームをあちこち飛び回って撮影を続け、想像以上に楽しい時間を過ごすことができ、大満足で宿泊先の広島駅前のビジネスホテルに入りました。
(いつものことながら、こうして撮影した写真を掲載することができず、申し訳ありません)

次回は、この旅の2つ目の目的であるEF67の撮影に向かいます。
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あおたけ

10年前の広島はまさに国鉄型王国でしたよね。
私もEF67などを狙いにセノハチなどへ行きました(^^)
常磐線にゆかりのある私としては、
105系のクハ105が気になる存在だったのですが、
和歌山線や桜井線のほうばかりに気を撮られて、
広島の105系はほとんど記録していなかったのが、
いまとなっては悔やまれます。。。
by あおたけ (2020-06-17 06:33) 

gonana

>あおたけさん
こんにちは。
本当にあの頃の広島周辺は国鉄型王国でしたよね。
利用者目線から言えば「どうして広島だけこんな古い車両がいつまでも走ってるんだ!」と文句を言いたくなる状況だったとは思いますが、特に115系好きの人にとっては隣の岡山や下関地区と合わせて最後の聖地という感じだったでしょうね。
広島の、というより105系は、私自身それほど動向を気にしていた方ではありませんでしたが、103系0番台と元103系1000番台が並ぶのを見ていると、ふと常磐線時代の姿に戻してほしくなってしまいました。
後年、和歌山地域色に塗り替えられたクハ105を見た時は、まるで103系1000番台が常磐快速線に転用された後の姿を再現しているようで懐かしかったです。
by gonana (2020-06-18 13:22) 

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