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40年以上前の西武線の思い出 その3 [いろんな思い出]

こんにちは、gonanaです。
私と家族が沿線に引っ越してきて以来ずっとお世話になっている西武線の、40年以上前の思い出の振り返り、ひとまず今回で最終回です。

西武池袋線沿線の東京都清瀬市に住み始めて2年ほど経った1977年10月、私たち一家は現在も住む西武新宿線沿線の埼玉県某市に引っ越しました。
清瀬市と某市との間はそれほど遠く離れているわけでもなく、そのおかげで引っ越し後も清瀬時代に通っていた幼稚園にそのまま通えたのですが、それでも子供なりに引っ越し前後で家の周囲の環境の違いは何となく感じたものでした。
そして、それまで身近だった西武池袋線と、新たに最寄りの路線になった西武新宿線との違いも何となく感じるようになりました。
例えば、新たに自宅最寄り駅になった駅は、引っ越してきた当時は上下線のホーム間の行き来を跨線橋ではなく構内踏切で行っていたり、本川越寄りには単線区間も残っていたりなど、池袋線の特に池袋ー所沢間の区間とは雰囲気の違う路線という感じがありました。

当時の新宿線の電車は、池袋線同様まだまだ赤とベージュの「赤電色」の電車が大活躍していましたが、池袋線よりも101系や冷房化改造済みの701・801系といった「黄色い電車」の数は少なかったような記憶があります。
そんな中で、ちょうど私たち一家が引っ越してきた1977年秋に、新宿線に新型車2000系が登場し、自宅に近い駅でも時折見かけるようになりました。
2000系は本格的な新車としては初めての20m4扉車で、101系では窓まわりが薄茶色だった塗装が黄色一色になったり、側面ドア脇の戸袋窓がなくなったり、前面形状もそれまでの西武電車にないもので、まだやっと車両番号と車体形状の違いで車両形式の別を認識できるようになった私でも明らかに新車とわかる車両でした。
特急車5000系は別として久しぶりに大きくデザインの変わった新車ということで西武としても期待の存在だったのか、翌年(11978年)の正月に新聞に折り込まれていた西武鉄道の広報紙にも2000系の写真が大きく掲載されていたのが今も記憶に残っています。
ただ、電車に乗ると運転室後部から前方を見るのが大好きだった私としては、運転台が高い位置に変わったことで運転室背後の窓も小さく高い位置になり、おまけに座って前方を見ていられる運転室直後の座席もなくなってしまったのにはがっかりでもありました。

私が西武沿線に住むようになった頃には、同じ西部の二大幹線である池袋線と新宿線との間には、新車や冷房車の数などに差がつき、新宿線は冷遇されているとも言われていたようです。
この格差は、新宿線にも本格的な特急の運転が始まるようになって縮まった感がありましたが、最近は池袋線に複々線区間が完成したり相互直通運転のネットワークが拡大したり、さらには新型特急車001系「Laview(ラビュー)」が登場したりして再び広がってきた感もあります。
今後新宿線沿線にいつまで住むことになるのかわかりませんが、都内の一部区間の連続立体化工事などの変化が、池袋線と比べると変化が乏しいようにも思える新宿線にどのような変化をもたらすのか、楽しみです。
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