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「青ガエル」乗車の思い出 東急編 [鉄道ニュース]

こんにちは、gonanaです。
1954年(昭和29年)に当時最先端の鉄道車両技術を駆使してデビューし、独特の下膨れの車体形状と2枚窓の前面形状、そして緑一色の車体塗装から「青ガエル」のニックネームで親しまれた東急初代5000系(以下、地方私鉄に譲渡されたものも含めて「青ガエル」と記します)の先頭車デハ5015号が、このほど保存展示されていた長野県内から同形式のメーカーでもある旧東急車輛製造を引き継いだ総合車両製作所横浜事業所に移り、東急時代の姿に復元されて保存されるということです。
詳細は下記のリンクからどうぞ。

「青ガエル」が長野から関東に里帰り…総合車両製作所が復原・保存へ 元東急初代5000系 (レスポンス(Response.jp))
https://response.jp/article/2022/04/20/356494.html

 
このニュースを知った私の感想は「やっと東急(とつながりのある会社)が青ガエルをフルサイズのきちんとした形で保存するのか」というもので、東急沿線民ではないものの青ガエルの姿には親しみを持っている者としてはうれしい限りです。
というのは、かつて東急での引退後長野県の上田交通(現 上田電鉄)で活躍していた同じアオガエルのデハ5001号が、同じく上田交通に譲渡されていた5200系のデハ5201号(この車両についてはリンク記事に写真があります)とともに保存を目的に東急に里帰りしたものの、同車はその後運転室部分だけのカットボディーとなって渋谷駅前に置かれると聞いて非常に残念に感じた過去があるからです。(デハ5001のカットボディーはその後秋田県大館市へ移り美しく整備された姿になったのは幸いですが)
それだけに今回、青ガエルの生まれ故郷でもある旧東急車輛製造の構内という場所で復元保存されるというのは大きな意義のあることだと思います。

さてその「青ガエル」、私の中では歴代の東急の車両の中でも1、2を争うくらい好きな車両ですが、後年の地方私鉄各社への譲渡車も含めて乗車経験は決して多いとは言えません。
もともと東急各線にはそれほど馴染みのない生活を送っていたのと、地方私鉄への譲渡者についても、それらの路線に乗りに行こうと思えば可能な環境に私がなった時にはそちらでも引退の時期に入ったりといったこともあり、身近で青ガエルに触れるチャンスは少なかったです。
それでも、東急時代と熊本電鉄で少しだけですが青ガエルの乗車経験があるので、この機会にその時の思い出を簡単に記しておきたいと思います。
まず今回は、東急時代の乗車の思い出です。
私が東急時代の「青ガエル」に初めて乗ったのは、小学4~5年だった1982~83年頃だったと思います。
この頃の「青ガエル」の東急での状況は、登場以来の活躍の場だった東横線からは撤退し、大井町線からも撤退したか撤退間近という状況で、目蒲線(現在の目黒線・東急多摩川線)が主な活躍の場になっていました。
以前にも書いたことがありますが、その頃の私は一人で電車に乗って祖父母の家へ行ったりするようになっていました。
その際には、自宅から西武線と山手線を乗り継いで品川駅まで行き、そこから京急か京浜東北線に乗り換えて祖父母の家に近い京急の雑色駅か国電の蒲田駅へ向かうのが定番でした。
しかし、時には山手線を目黒や五反田で降り、そこから東急目蒲線や池上線に乗り換えて蒲田へ向かうルートを選ぶこともありました。
初めて目蒲線を利用して蒲田へ行った時には旧型の3000系に乗車しましたが、しばらく後に再び目蒲線を利用した時に乗車したのが青ガエルでした。
私はそれまでにも絵本や鉄道雑誌で青ガエルの姿はよく見ていて一度乗ってみたいと思っていたので、地上駅だった目黒駅に入線してくる姿を初めて生で見た時には乗ってみたかった車両に乗れるのはうれしいものでした。
初めて生で見る青ガエルの印象は、やはり他の鉄道車両とは違うその外観で、大きな前面や側面の窓と側面窓下の2本のリブ(補強のため外板につけられた筋)が印象に残りました。
そして車内に入ると、車内の断面が視覚ではなくやや上の方へすぼまり気味になっていることや、車体の裾が丸まっているため車内のドアや壁も丸く下の方へカーブしているのが他の電車にないインパクトある光景でした。
やがて青ガエルは目黒駅を発車して蒲田駅へ向かって走り出しました。
目蒲線は駅間距離も短く、スピードも速くないので東横線で急行運用についていた時のような高速運転は味わえませんでしたが、吊り掛けモーターの音が響くデハ3450形などと比べると走行音も静かに感じ、座席もそれらの形式より座り心地がよく感じたのを覚えています。

結局、私が東急線内で青ガエルに乗車できたのはこの一回だけで、その1~2年後の1984年に青ガエルは東急の線路上から姿を消すことになります。
もっと早く生まれていたら、東横線急行や田園都市線で活躍する青ガエルに乗れたかもしれないと思うと残念ですが、末期の姿とは言え東急時代の青ガエルに接することができたのはよい思い出になったと思います。

次回はそれから10数年後の熊本電鉄での青ガエル乗車の思い出です。
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