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電車の色で一喜一憂した時代 [いろんな思い出]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:「若い人には信じられないだろうなあ」という話

ここ数日は多少はましな感じになりましたが、先週はとにかく暑かった!
こんな時に改めて痛感するのが、暑い日の冷房や冷たい食べ物・飲み物がいかにありがたいものであるかということ。
普段はこれらのものに対して特別なありがたみを意識することもないけれど、40℃にもなろうかというようなあの暑さの中では、節電も求められているし冷たいもののとり過ぎは体によくないとは言っても、やはり冷房とアイスと冷たい飲み物の誘惑には勝てません。
まあさすがに若い頃と違って、かなり低めに設定していた冷房の温度設定も昔よりやや高めになってきましたし、一日に何度もガリガリ君を食べるなんてこともしなくなりましたけどね。

そういえば、今よりは暑さも過激なものではなかったとされる私の幼少期から小学生ぐらいの時代、約40~45年前の方が、むしろ今よりも冷房がよく効いているとか、冷たい食べ物・飲み物が食べられる(飲める)ことへのありがたみを感じる場面が多かった気がします。
暑い外で歩いたり自転車に乗ったりした後、冷房がキンキンに効いた店や公共施設などに入るとほっとするものを感じたし、かき氷やアイス、サイダーや冷水器の水などを飲むと生き返ったような気分になったものでした。
そして、ごく一部の地域を除いては今や冷房があることが当たり前の鉄道車両も、あの頃は国鉄・私鉄とも本線格の路線でさえ非冷房車が普通に走走っていました。
そして毎年5~6月になるとテレビのニュースや新聞で国電各線や大手私鉄各社の冷房化率が報じられるのも当時ならではの高齢行事(?)でした。
そんな時代は、電車に乗る時も乗る電車が冷房車であるかどうかは重要でした。
もちろん、私の自宅付近を走る西武線でもその状況は同じでしたが、西武の場合はやって来た電車の色を見て一喜一憂するという状況が、1980年代中盤頃までありました。
それは、冷房車が特急用の5000系を別にすれば、すべて現在も西武の電車のイメージカラーとして定着している黄色塗装だったからで、暑い日に遠くから乗ろうとする電車が見えてきた時に黄色い車体が見えると喜んだものでした。
ただしこれにはトラップもありました。1969年に登場した最初の「黄色い電車」である101系の初期車には、非冷房で製造されたままの状態の車両と新製時からの冷房車、さらに非冷房車を冷房化改造したものが混在しており、非冷房の101系の冷房改造が完了する1980年代中頃までは「黄色い電車」でも非冷房でがっかり…というケースはままありました。

あの頃の西武沿線では、赤とベージュの「赤電」は古くて冷房のない車両、黄色い電車は新しくて運がよければ冷房車、という共通認識が鉄道に詳しくない人々の間にも広がっていたのかもしれません。
あれから40年の間、「黄色い電車」は特急車両とはまた違った西武鉄道のイメージとしてすっかり定着した感がありますが、現実には6000系に始まるステンレス・アルミ者の台頭で続々と量数を減らし、近い将来にはかつての「赤電」がそうであったように、「黄色い電車」もその活躍した時代を知っているかどうかで世代が分かるような存在になるのでしょうか…

おっと、暑さの話をしていたつもりがついつい「鉄」話になってしまいました(笑)
さて、6月末からこんな暑さなので、いったい今年の夏はどうなることやら…
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青い森のヨッチン

そういえば高校の部室のロッカーの上にJNRと記しの入った扇風機(電車の天井に着いていたもの)がありました。
非冷房車でも窓から入ってくる風がけっこう気持ちよかったなぁ
by 青い森のヨッチン (2022-07-08 23:40) 

gonana

青い森のよっちんさん、おはようございます。
そういえば冷房車が当たり前になった今、電車に扇風機がついていたことを知らない世代も多くなったんでしょうね。
部室のJNRロゴ入り扇風機、イベントの鉄道部品即売か何かで手に入れたものなんでしょうかね。
by gonana (2022-07-09 08:53) 

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