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あの頃はわりと地味な駅だったんだけどね… [いろんな思い出]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:東京で思い出深い街は?

東京都内で思い出深い街といえば、何といっても生まれ故郷の大田区蒲田とかその後住んだ清瀬市は外せません。
でも今回は、27年前に新卒で入社した会社の最寄り駅だった(今も?)浜松町駅や竹芝桟橋のあたりの思い出を書きたいと思います。

社会人になるまで、浜松町駅といえば個人的には羽田空港へ向かうモノレールへの乗換駅という以上のイメージはなく、近くの有楽町や新橋と比べても地味な駅という印象がありました。
街としての浜松町や大門・竹芝のあたりへ出かける機会も特になかったので、電車で通過したことは数えきれないくらいあったものの浜松町駅を目的地への最寄り駅として利用したのは、新卒で入社した会社の面接の時が初めてでした。
この時利用した改札は、東京モノレールへの乗り換えに便利な橋上駅舎にある改札ではなく、新橋方にある北口でした。
当時の浜松町駅北口は、ここが山手線の駅かと思うくらいの規模の小ささで、ここだけを見ると私鉄の普通電車鹿停車しない小駅のようでした。
改札を出て左手方向には世界貿易センタービルの巨大なビルがそびえ、その向こうには多くの飲食店が立ち並んだ大門の交差点があります。
一方線路を挟んで海側は大きな建物は少なく、飲食店も少なくて大門側と比べると何となくのんびりした空気も流れていました。
そして私は、そんな海側の街並みを通って竹芝桟橋そばに立つ再開発ビルに入っている会社へ通勤するようになりました。
当時の竹芝のあたりは、バブルの頃の「ベイエリア」の再開発の効果で、それ以前にイメージしていた竹芝桟橋周辺の後継とは違う、未来的なイメージのビルの立つ街という印象がありました。私が竹芝へ通うようになった翌年には「ゆりかもめ」も開通し、昼食時などによく利用した小さな公園から眺めるレインボーブリッジやお台場のフジテレビの球体などと合わせ、何だか時代の先端を行く街で働いているというちょっとした誇りのようなものもありました。
まあ、浜松町駅からそこへ向かうまでの街並みはそれに伴って大変化、というほどではありませんでしたが。

結局、私の浜松町・竹芝通いは新卒入社の会社を辞めた2002年の8月いっぱいで終わりました。
その頃は、これといって大きな再開発が行われるというような話も聞いていなかったように記憶してますが…
そんな浜松町エリアがこれから大変貌を遂げようとしているというのを知って、かつてそこに毎日通っていた身としてはかなりの驚きがありました。
浜松町のランドマークともいえた世界貿易センタービルも取り壊され、新たな高層ビルが建つとか。
以前から少しずつ再開発されてきていた竹芝のあたりと合わせ、あと10年ぐらいも経てば、私が毎日接してきていた浜松町周辺とは全く違う街に変貌していることでしょう。
私自身はその変貌ぶりを自分の目で実感することは叶わなくなってしまったけれど、この再開発で以前は地味な存在だった浜松町が一躍東京の注目スポットにのし上がるかもしれないと思うと、感慨深いものがあります。
でも個人的には、焼き鳥屋さんの開け放したドアから焼鳥を焼く煙の臭いが漂ってくるよう、大門駅周辺の庶民的な街並みは消えないでほしいと思います。
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