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「水色の電車」の思い出 その1 [その他鉄道ネタいろいろ]

こんにちは、gonanaです。
このブログでも何度も書いている通り、私の最も古い記憶の中には、私がまだ3歳頃に住んでいた東京都大田区の家から最も近いところを走る国鉄線の一つである京浜東北線のスカイブルー色の電車の姿も残っています。
当時、京浜東北線に乗るのは通っていた大井町駅近くのスイミングスクールへ行く時など、国鉄より家に近い京急ではいきずらい場所へ出かける時が多かったようでした。
京浜東北線に乗っていると、複々線を並走したりすれ違ったりする東海道線や横須賀線などの列車を窓から見ることができ、それが今に続く鉄道好きの原点になっているのは間違いないですが、その当時の京浜東北線の電車自体に何か特別な思いでがあるかといえばそうでもありません。
ただ、ただ、まだ物心つくかどうかという時期に乗った電車ということで印象に強く残ったのか、その後成長する中でも京浜東北線をはじめとするスカイブルー(水色)の国鉄型通勤型電車には特に強い思い入れがあり、それがきっかけで水色という色自体も好きな色の一つになりました。
今回からはそんなスカイブルー色の電車にまつわる思い出を、103・201系といった国鉄型通勤型電車を中心に書いていきたいと思います。


私が子供の頃の京浜東北線は、まさにスカイブルー色の103系の全盛期。
ただ正確に言うと、私がまだ小学校に上がる前の時期には、同線に旧型電車の置き換えの過程で数編成だけ配置のあった103系より古い101系も運用されていて、もしかすると私もこのレアなスカイブルーの101系に乗ったことがあるかもしれません。もっとも、その頃の私に103系と101系の車体の微妙な違いなど見分けられるはずもなく、単に「電車」とかせいぜい「京浜東北線」という程度の認識しかしていなかったのでしょう。
1970年代後半の京浜東北線の103系は、ちょうど両先頭車が低運転台の初期型クハ103形やクモハ103から、ATC導入に備えた高運転台のクハ103形へと変わっっていったり、冷房車が少しずつ増えていったりという時期でしたが、それはあくまでも成長してから知ったことで、まだ電車にちょっとだけ興味を持った程度の幼い私にそのあたりのことは知る由もなく、せいぜい冷房車に乗れた時に母親が喜んでいたのをぼんやり記憶している程度です。
やがて私と家族が清瀬市、そして今の埼玉県某市へ引っ越してからは、京浜東北線に乗る機会は祖父母の家に行く際にたまに品川ー蒲田間に乗る程度に減りました。ただ大学生になってから、通学で山手線池袋ー東京間を上野駅経由で利用するようになると京浜東北線の電車を目にしたり、東京駅などで乗り逃した山手線を日中快速運転をしている京浜東北線で追いかけたりして、スカイブルーの103系にも再び時々乗るようになりました。
一時は800両を超える大所帯だった京浜東北線の103系も、209系に置き換えられて姿を消して20年以上が経ちます。今になって惜しいと思うのは、まだ京浜東北線の103系が減益だった当時は、103系はあまりにありふれた存在で、後年のように改造などでいろいろと車体内外に変化が生じているということも少なく、どの車両も同じに見えてあまり興味がわかなかったことで、写真を撮ったりしたこともほぼありませんでした。
スカイブルー色の103系には愛着がある、とか言いながら何だか矛盾する話ですが、もし過去に戻れるならもう一度京浜東北線の103系全盛の頃に戻ってみたい気分です。

次回は京葉線の103系・201系の思い出です。
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