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2003年9月の乗り鉄思い出しの記① ブルートレイン「出雲」編 [鉄活動レポート]

こんばんは、gonanaです。
少し前、2003年9月15日の阪神タイガースのセ・リーグ優勝の夜に大阪にいた時の話をしましたが、この時大阪にいたのは岡山・広島方面への乗り鉄旅から帰る途中に大阪に立ち寄った日にたまたま阪神優勝というタイミングと重なったことからの偶然でした。
私にとってはどうも阪神優勝のインパクトが大きくてその前の乗り鉄旅の印象がやや薄れてしまった感はありますが、実はこの旅で乗車した路線や列車、車両の中には、今はもう乗ることのできないものも多く含まれていました。
そこで、それらの今は乗ることのできない列車や車両(途中でフェリーも登場しますが)に乗った時のことを中心に、2003年9月の岡山・広島への乗り鉄旅の思い出をまとめてみたいと思います。
ただし、何せ16年前のことなのと、当時はまだデジカメを持っておらずこの旅でも写真は撮っていないうえ、普段の乗り鉄の時にも細かなメモをとる習慣がないため、少ない記憶を総動員して記事を書くこととなり、いろいろと間違い等があるかとは思いますが、どうかご容赦ください。

2003年9月11日(だったと思う)、私は少し遅目の会社の夏休みを利用して岡山・広島方面への乗り鉄旅に出かけました。主な目的は今回の「思い出しの記」でも取り上げる列車に乗ることでしたが、中でもその年の12月1日に廃止となった広島県内の可部線の非電化区間(可部ー三段峡間)に最初で最後の乗車をすることが大きな目的でした。

9月11日の夜、私は当時東京ー出雲市間(鳥取経由)で運転されていたブルートレイン「出雲」で乗り鉄旅に出発しました。
岡山方面へ夜行で向かうなら「サンライズ瀬戸・出雲」に乗るのが常道ですが(私の乗り鉄旅では高速バスは無縁の存在です)、この時敢えて山陰回りのルートをとることにしたのは、この頃にはもうすでに明確になっていたブルートレインや夜行列車削減の流れを考えると、それまで乗車したことのないブルトレ「出雲」もいつ廃止となるか予断を許さない状況と思われたので、今のうちに乗っておこうという気持ちがあったからでした。
ブルトレ「出雲」は21:10に東京駅を発車しました。
乗車したのは1人用A個室寝台「シングルDX」のオロネ25。同じオロネ25でも下関発着の「あさかぜ」と客車時代の「瀬戸」に連結されていたものには、「あさかぜ」で乗車経験があったものの、子供の頃憧れの存在だったオリジナルの0番台にはまだ乗ったことがないのでこれも今のうちに乗っておこうと奮発したものです。もっともその後、そのオロネ25 0番台を14系に編入改造したオロネ15に「富士」で乗ることにはなりますが・・・
座席(ベット)のモケットが確か新しい色のものに変わっていた以外はほぼ原形をとどめていたオロネ25の個室内は、寝具の上に浴衣とともに置かれたヘッドマーク入りタオル(さすがにマークは「出雲」だけの絵柄になっていましたが)とともに子供の頃にブルトレを取り上げた本・雑誌の写真や東京駅でホームから窓越しに覗き込んで見た時の雰囲気が残り、子供の頃一度乗ってみたいという憧れを抱いた頃を思い出させてくれました。
実際に乗ってみると、窓に近づきたいのに備え付けの洗面台が邪魔だったりして、他の個室寝台と比べてのわずかな不満はあるものの、ブルトレにはまった子供の頃を思い出しながら一夜を過ごすには十分な空間でした。
翌朝はどのあたりで目覚めたのか記憶はありませんが、おそらく福知山から城崎あたりの区間だったかと思います。
当時すでに現在のコンクリート橋梁への架け替えという話題が鉄道雑誌に出ていた余部鉄橋を渡ったのを見届けたところで食堂車オシ24へ向かいます。
このオシ24は、国鉄時代最末期に東京ー博多間の「あさかぜ1・4号」のグレードアップ計画の一環で内装を大幅に変更した「星空風」食堂車で、「出雲1・4号」の食堂車営業が休止された後もフリースペースとしてブルトレ「出雲」廃止まで連結が続けられていました。
食堂車内では、前夜の東京駅内のコンビニで購入しておいたサンドイッチと缶コーヒーで朝食。やはり食堂営業をしていたころに乗るチャンスに恵まれなかったのが悔やまれましたが、それでも曲がりなりにも食堂車で朝食をとることができたのはよい思い出になりました。
せっかく乗るなら終着の出雲市まで完乗したいところでしたが、この後の工程の都合上、残念ながら米子までの乗車となりました。
結局、ブルトレ「出雲」への乗車はこの時が最初で最後となりました。今思うとあの時敢えて岡山に直行せずに「出雲」を利用してよかったと思う一方、国鉄職のDD51が金帯入りの24系25形を牽引する姿を写真に収めておきたかったと悔やまれます。
山陰地方へは、この時の「出雲」乗車で通過したことがあるのみで実質的にはまだ訪れたことがないので、ぜひいつか「サンライズ出雲」に乗って訪れたいと思っています。

「出雲」で米子に到着した後は、約30分後に米子を発車する381系の伯備線特急「やくも」で岡山へ向かい、さらにまだ213系電車で運転されていた快速「マリンライナー」で高松へ向かいます。
岡山から先に関しては、次回の記事で書きたいと思います。
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