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【鉄道旅の思い出】2007年秋 長野電鉄乗り歩きの思い出 その3 [その他鉄道ネタいろいろ]

こんにちは、gonanaです。
2007年秋の長野電鉄乗り歩きの思い出の振り返り、今回も続きます。

長野駅から、昭和30年代の製造当初のチョコレート色に塗装が復元された2000系A編成に乗車して到着した須坂駅は、駅構内に車庫が併設されていたり、2007年当時はしなの鉄道屋代駅へ向かう屋代線が分岐するなど、長野電鉄の運航の拠点になっている駅で、ホームも(当時)2面4線と規模の大きな駅です。
ローカル私鉄ながら運転本数もそれなりにあるほか、車庫の留置線に止まる車両もホームからよく見えるので、須坂駅に着いた後はしばらく上下のホームを行ったり来たりして発着する電車や車庫内の電車を色々撮影して過ごしました。
須坂駅で撮影した車両の中には、上り(長野方面)と屋代線の発着するホームの脇の側線に留置されていた「新OSカー」10系の姿もありました。
10系は1966年に登場し鉄道友の会の「ローレル賞」も受賞した「OSカー」0系のコンセプトを引き継いで1980年に1編成だけ製造されたロングシート車で、今のところ長野電鉄では最後のオリジナル車両です。
しかし私が乗り歩きした2007年現在でもまだまだ車齢がそれほど古くないにもかかわらず、同車はすでに運用を離脱してしばらく経過していたようで、私が見た時点でも塗装の色あせがかなり進んだ痛々しい姿でした。
3扉ロングシート車のままでも、あるいはセミクロスシート車化や2扉車化などを行ってどこかのローカル私鉄へ譲渡しては?などと妄想してもみましたが、結局そのまま解体されてしまったようで残念です。

そうこうしているうちに、10時半過ぎだったかと思いますが、須坂駅の下り(湯田中方面)ホームに車庫から2000系に代わる特急用車両1000系「ゆけむり」が入線し、須坂市初の湯田中行き特急となりました。
1000系はかつて小田急でロマンスカー「HiSE」として活躍した10000系を改造して譲受した車両で、ロマンスカー伝統の連接構造はそのままに編成を短縮(11車体→4車体)して2005年に2編成が導入されました。
私は小田急でHiSEに乗ったことがなく(HiSEが最終的に小田急から全車引退した2012年までの間にも乗車するチャンスがありませんでした)、1000系に乗ることも長野電鉄乗り歩きの目的の一つでした。
須坂駅に入線してきた1000系は編成が短いことを意識しなければ小田急時代と見た目に大きな変化はなく(実際には塗装の色味が小田急時代とは微妙に異なるそうですが、私にはほとんど区別がつきませんでした)、気分は限りなく小田急ロマンスカーに乗る前のわくわく感に近いものでした。
また当時長野電鉄の特急料金はわずか100円で(現在はいくらなのか不明ですが)、さらに当時は座席指定制でもなかったので1000系自慢の展望席も早い者勝ちで確保することができ(現在は日中の一部列車では展望席は指定席になっているようです)、もちろん私は先頭車の展望席に陣取りました。
「ゆけむり」は隣のホームに到着した須坂止まりの普通電車からの接続を受けて発車。
小田急時代のような高速運転は望めないものの、小田急線とも異なるのどかな田園風景を眺めながらロマンスカー展望席の旅を満喫し、30分弱ほどで終点の湯田中駅に到着しました。
湯田中では折り返し時間に駅前を少し散策しました。足湯もあったようですが、それに浸かっていたらこの後動きたくなりそうな気がして断念しました。
湯田中からは先ほど乗って来た1000系「ゆけむり」に再び乗車して須坂へ戻りました。もちろん今回も長野方先頭車の展望席に乗車して前面展望を堪能しました。

次回も続きます。
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