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青ガエル、忠犬ハチ公の故郷へ [鉄道ニュース]

こんばんは、gonanaです。
現在、渋谷駅のハチ公前広場に置かれ、渋谷区の観光案内所として使われている元東急初代5000系デハ5001号車のカットボディーですが、今年の5月から6月にかけて、渋谷のハチ公の故郷でもある秋田県大館へ移設されることになったそうです。
詳細は下記のリンクからどうぞ。

渋谷駅ハチ公前広場の電車 「ハチ公の故郷」秋田大館に移設へ 東急5000系「青ガエル」 (乗りものニュース)
https://trafficnews.jp/post/93667

この記事を見つけた時には私も少々驚きましたが、大舘はハチ公の故郷であり、ハチ公前広場で15年近くを過ごした青ガエルが渋谷の大規模再開発に伴って移転する先としては順当なところかもしれません。

デハ5001のカットボディーがハチ公前広場に置かれてから、もう14年になるんですね。
私はこのことを知った時、非常に残念な気持ちになったのを思い出します。
初代5000系のステンレス車版である5200系のデハ5201号とともに、譲渡先の上田交通(現 上田電鐵)から東急に里帰りし、てっきり両車とも登場時の姿に復元されて長津田検車区あたりで保存されるのだろうと思っていただけに、カットボディーにされ、あの渋谷の雑踏の中に置かれると知った時には、正直なぜ?との疑問が消えませんでしたし、ただでさえ屋外保存の車両は保存の環境が悪いと荒廃しがちなのに、あの渋谷の雑踏の中ではすぐにボロボロになって解体されるのではという思いもあり、先行きが不安でした。
電車のカットボディーを観光案内所として活用するなら、別に歴史的価値のあるデハ5001号でなくても、他の東急ステンレスカーでもよいのではないかとも思っていました。
ハチ公前に置かれたデハ5001号のカットボディーは、やはり一時はかなり損傷などが目立っていたというような話もどこかで読んだことがありますが、ともかく撤去や解体は免れ、新たな保存場所で新たな役割を担って保存される事になったのは嬉しいことです。
次なる保存場所の「大館市観光交流施設「秋田犬の里」芝生広場」がどのような場所なのか、私は言ったことがないのでよくわかりませんが、芝生広場ということはおそらく屋外であろうと思われるので、これからは雪の影響も気になりますが、渋谷寄りは格段に落ち着いた環境で保存されるという事であれば、鉄道ファン的にもよいことではないかと思います。
私としては、できれば大舘での保存に当たっては変なラッピングや塗装などをせずに、東急時代に近い姿での末長い保存を期待したいと思います。
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飲めなくたって、人生は楽しめる [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:お酒を飲めないのは損だと思う?

別に酒を飲まなくたって(飲めなくたって)、人生において損だとは思いませんけど?
確かに、「飲みニケーション」なんて言葉もあるように、酒が飲めるということが人脈を広げたり、新たなビジネスチャンスに結びついたりすることも多々あるから、その意味では「酒=人生に得」という考え方にも一理あるともいえるかもしれないけれど、
普段ほとんど飲む機会がない私も、飲み会や友人との食事の席で酒を飲むとやはり楽しいし、日々の生活の中で酒の席がよいアクセントになるということもあるでしょう。

でも、酒抜きでも人と人とのコミュニケーションをとる方法はいくらでもあるし、その人なりに人生を楽しむことは十分できるのではないかと思います。
事実、最近では人と人とのコミュニケーションに酒は必ずしも必要ではないと考える人も、若い人を中心にかなり増えているとか。
「酒は人生の潤滑油だ」というような言葉をどこかで聞いたことがありますが、そうであるなら酒を飲むことの損得を気にするより、とにかく楽しくゆったりと飲む方がいいような気もしますが・・・

タグ: 飲み会
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東京発信中心はもう古い [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:TVのプロデューサーになったら、どんな番組をやりたい?

ドラマやドキュメンタリーのプロデューサーに向いているかどうかは正直わからないので、やるとしたら情報系かバラエティーですかね。
その中でも私がやってみたいのが、東京のキー局以外のネット局が制作し、ネット局のアナウンサーやその地方のローカルタレントがMCや出演するバラエティーや情報番組。
バラエティーであれば「水曜どうでしょう」などがお手本になるかと思いますが、より地元ネタにこだわったり、その地方に住むごく普通の人々がどんどん登場するような番組を、キー局以外のすべてのネット局が週替わり・輪番制で制作するような番組があれば面白いのではないでしょうか。
かつてのフジテレビの「27時間テレビ」などでの地方局からの中継でも、下手な東京や大阪のタレントより面白い地元のおっちゃんやおばちゃんなどが登場してかなり楽しませてもらった思い出があります。
全国のこうした地元の市井の人々が、地元のアナウンサーやローカルタレントと方言も丸出しでトークや街ブラなどをやる番組は、東京発の類似番組よりも格段に面白そうな気がします。
情報系では、東京発のニュース番組や情報番組では取り上げないような地方のローカルニュースを、全国のネット局のアナウンサーや記者が順番に伝えていく毎日の生放送をやってみたいです。私の知る限り、東京発信のニュース番組でネット局からのレポートが流れることはあっても、あくまでも「ローカルニュース」だけで構成された番組というのはないと思われるので、全国ネットの番組ではなかなか知ることのできないローカルな話題を知ることができて、案外需要は高そうな気がします。
いずれにしても、テレビ番組も、東京発の全国ネット番組がタイムテーブルの大部分を占めるような状況は変えていった方がよいと思います。例えば福岡の局で制作した番組がゴールデンタイムのレギュラー番組になったり、青森の局が制作の連ドラがあったりしても、なかなか面白いかもしれません。
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もう少し早く生まれていたなら・・・ [その他鉄道ネタいろいろ]

こんばんは、gonanaです。
本日のお題:これまでの人生でやり残したと思うこと

生まれてからもう50年近くになるので、その分今までの人生でやり残したと思うこともかなりある気がします。
なので、このお題で記事を書くことも何度かありそうです。
例えば、私の一番の趣味の鉄道に関することでも、これを経験できなかったのが悔やまれるものはたくさんあります。
特に、昭和50年代の列車や車両にもっと乗ったり、撮影したかったという思いはかなり強いです。
私がまだ幼年期から中学生にかけての時期だった昭和50年代の鉄道は、ある意味でその前の昭和30~40年代以上に鉄道ファン的には面白い時代だったような気がします。
ブルートレインブームもあったし、EF58やEF15などの旧型電気機関車や飯田線・身延線などの旧型国電の最後の活躍などは毎号のように鉄道雑誌の記事になっていました。そして、旧型客車や50系客車の普通列車や、廃線や第三セクター化で消えたり姿を変えた各地のローカル線もまだ健在だったりと、今から思うと乗車したり撮影したりする対象に事欠かない時期だったといえるでしょう。
しかしその頃の私はまだ小学生、北海道や東北・九州などの遠隔地はもちろんのこと、関東周辺でも一人で鉄道旅に出かけられるような年代でもなく、鉄道雑誌の記事を読みながら、乗ってみたい、撮ってみたいという思いが募るばかりでした。
今もなお、EF58は撮影しまくっておきたかったし、飯田線の旧型国電や80系電車、東北や山陰の旧型客車鈍行、そして特に北海道や九州の今はなきローカル線など、乗車するチャンスがなかったことが悔やまれてならない列車や車両はたくさんあります。
このブログでも確か以前書いたことのような気がしますが、もしあと10年ぐらい早く生まれていれば・・・という気持ちはかなり強いものがあります。
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車に興味ゼロとは言わないけれど [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:運転できる?

視覚障害者となった今、車の運転は物理的に難しくなっていますが、目が見えていた当時も公道を走れる車の運転は一度もしたことがありませんでしたし、それ以前に原付やバイクも含めて運転免許を持ったことがありません。
いくら鉄道好きといっても、車に全く関心がないかというと必ずしもそうでもないんですが、眼の状態移管に関係なく、免許を取りたいという気持ちになった記憶がありません。

高校生の頃には、自分は運転免許や車を持ってはいけない人間だと思うようになっていました。
何しろ、遊園地にある子供用のゴーカートを運転するアトラクションや、ゲームセンターのレーシングゲームですらまともな運転ができた事がほとんどなかったのが最大の理由で、ほぼけがをする危険のないゴーカートやゲームですらまともに運転できないのに、こんな私のような人間に免許や車を与えても、無事故でやっていけるはずがないと感じたからです。
それに、どちらかといえばせっかちな私の性格から考えて、数十㎞に及ぶ渋滞の中で、イラつかずに堪え忍んでいられるかどうかも若干疑問です。
そんな私だからというわけでもないでしょうが、GWや年末年始、お盆などに高速道路が数十㎞にわたって渋滞しているという情報を聞くたびに、鉄道好きでよかった~という気持ちになります。

ところで、冒頭で「視覚障害者となった今、車の運転は物理的に難しくなっていますが」と書きましたが、実は近年、視覚障害者(おそらく主に弱視の方が中心になっているのではないかと思いますが)が指導員のサポートを受けながら、自動車教習所などのコースで車の運転を体験する催しが時折行われているそうです。
2018年のR-1ぐらんぷりで優勝した視覚障害のあるピン芸人濱田祐太郎さんも、R-1優勝のご褒美特番の企画の一つとして、一度やってみたかったという車の運転にチャレンジしていました。
私自身は特に車の運転をしたいという気持ちはありませんが、「視覚障害者にもできること」が増えるという点では、こういった体験ができる場がもっとあってよいと思います。
鉄道好きとしては、将来的に視覚障害者でも指導員のサポートがあれば操作体験ができる鉄道車両の運転シュミレーターができたら、ぜひ体験してみたいところです。
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また一つ、思い出の場所がまさかの・・・ [日々のあれこれ&つぶやき]

こんばんは、gonanaです。
先日、西武園遊園地が今年から来年にかけて営業を続けながらリニューアルするという話題があり、当ブログでもこの話題に触れましたが、それから1か月経たないというのに、今度は同じ西武グループが運営するとしまえんに関する衝撃的なニュースが飛び込んできました。
詳細は下記のリンクの記事で。

としまえん段階的閉園へ 跡地に23年ハリポタ施設 災害避難場所も - 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20200203/k00/00m/040/063000c

これまでいろいろな遊園地やテーマパークの閉園のニュースに接してきましたが、まさかとしまえんまでが閉演になるとは全く想定外のことで、むしろ昔ながらの遊園地が次々閉園していく中で、としまえんは頑張っている印象だっただけに、このニュースを今朝友人からのメールの一節で知った時は、正直何かの間違いだと思っていました。
確かに一時期、次々に話題の遊具を導入したり、「史上最低の遊園地」などのぶっ飛んだキャッチコピーで話題を集めた頃のような話題性はなくなっていたし、西武園同様施設の老朽化も進んでいたのかもしれません。
しかし、個人的にはもし仮にとしまえんと西武園遊園地のいずれかが閉演してしまうとすれば、西武園が閉園してとしまえんは大規模リニューアルで生き残ると思っていただけに、現実には逆の方向性になったのは驚きです。

このブログでも何度か書いていますが、4歳で西武沿線の清瀬市に引っ越し、その後もずっと西武沿線民である私と家族にとっては、としまえんこそが一番身近な遊園地でした。
ジェットコースターやフライングパイレーツ、お化け屋敷などの遊園地としての楽しみはもちろん、夏には流れるプールなど「7つのプール」と呼ばれた大規模なプールも同様にとても楽しく、年に数回は家族で出かけるお気に入りの遊園地でした。
それだけに、私としてはまた一つ子供の頃からの思い出の場所が失われることが残念でなりません。
こうなると、先日も取り上げたリニューアルを行って今後も営業する西武園遊園地には、昔ながらのスタイルの遊園地の生き残りとして、何としても頑張ってほしいものです。

それにしても、としまえんの跡地の一部は、ハリポタのテーマパークになるんですか・・・
個人的にはかなり縁遠い場所になってしまいそうです。
せめて、東京都が整備を進めるという練馬城址公園に、練馬城の歴史を感じることのできるような記念館か何かができれば、行ってみたいとは思いますが・・・
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鉄道イベントの思い出04 湘南電鉄デ1号車内見学@京急ファミリー鉄道フェスタ [その他鉄道ネタいろいろ]

こんばんは、gonanaです。
先月21日にオープンして話題の京急ミュージアム。
そこに2年の歳月をかけて修復されて展示されてこれまた話題の京急デハ230形236号。
このデハ230形のルーツの一つであり、236号の戦前の姿でもある湘南電鉄デ1形電車は現在、京急の車両の大規模な検査修繕等の業務を行っている京急ファインテック久里浜事業所内に復元車が保存されています。
通常は一緒に保存されている京濱電鐵51号復元者ともども、生で見ることができないデ1形復元車ですが、毎年5月に開催されている京急ファインテック久里浜事業所の一般公開イベントでは、現役車両の展示とともにこの2両も近くで見学や撮影することができます。
視覚障害者となるまで、京急ファンの私はほぼ毎年この一般公開イベントを見に行っていました。もちろん復元車2両の見学・撮影もしていましたが、2010年5月30日に行われた2010年のイベントの際には、この2両の車内の公開もされたので、貴重な機会とばかり見学しました。
ちなみに、湘南電鉄デ1形や京急230形の歴史についてはこちらのリンクを参照してください。

ボロボロの状態から復活 京急ミュージアムに展示される「デハ236」の歴史とは - 鉄道コム
https://www.tetsudo.com/report/210/

久里浜事業所で保存されているデ1形復元車には、「1」の切り抜き文字のナンバーがついています。
デ1号は京急80周年を記念して230形を製造時の姿に復元したものですが、製造時デ1号だった231号が復元時点ですでに廃車解体されていたので、湘南デ18号だった248号を種車にして復元した経緯があります。
デ1号の車内は、以前鉄道雑誌などの写真で見た通りではありましたが、実際に車内に入ってみると昭和初期製造の車両とは思えない開放感あふれる明るい車内が印象的です。
車内中央部のボックス型クロスシートや、運転室が片隅式構造のため車両の先頭部まで伸びて列車の全面展望を楽しむのに最適な車端部のロングシートと、大の大人でも乗り鉄心を刺激させてくれる車内空間になっています。
一方で、車内には戦前・戦中の湘南電鉄沿線の多くは三浦半島の要塞地帯を走ることを示すポスターが再現されて掲示されていたりと、デ1形が活躍していた当時の時代の空気を感じることもできました。
この時の車内公開では、京濱51号ともども座席に座ったりすることはできませんでしたが、車内を見て歩くだけでも車両が動いていないとはいえ戦前の京濱電鐵や湘南電鉄に乗っているかのような気分が味わえ、とても貴重な経験ができました。

京急ミュージアムのデハ236号は、全体的に現役時代末期の頃をイメージして修復や車両周辺の演出が行われたそうです。その様子を自分の目で見ることができないのが何とも悔しいですが、オープン直後の入場制限もひと段落付いたころにぜひ見学に行きたいと思っています。

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トレード先での活躍を妄想すると [その他鉄道ネタいろいろ]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:現実逃避したい時、何する?

ちょっと前にほぼこれと同じお題で記事を書いたことがあり、内容的にもそれとほぼ変わらないものになりますが・・・

今、ニュース番組などは半分かそれ以上の時間があのニュースやそれ関連のニュースに割かれていて、現実は現実として受け止めるにしても、何だか心がざわざわとして落ち着かない気分になってしまっています。
そんな時に少しの間だけでも現実から離れて一息つくためには・・・やっぱり妄想ですかね。
こういう時だからこそ、楽しい妄想をして心のバランスを保つことも必要ではないかと。

そういう状況だから、というわけではないでしょうが、鉄道ファン向けのニュースサイトを見ていたら、こんなコラムが掲載されていました。

【クレーム覚悟】プロ野球みたいに鉄道車両をトレードする時代はくるか? | 鉄道コラム | 鉄道チャンネル
https://tetsudo-ch.com/10031171.html

鉄道車両を海外を含め他の事業者に譲渡するのは古くから行われていたことですが、「トレード」というやり方は、そういえばほとんど実例を知りません。
記事で取り上げられている西武10000系も、確かに西武池袋線特急からは引退するとしてもJRで臨時列車やいわゆる「波動用車両」として使うにはまだまだ十分すぎるといえそうだし、JR185系が斜めストライプの姿で西武秩父線を走るというのも面白いかも。
現実には様々な理由で無理、あるいは相当困難なトレードでも、諸々の現実はひとまず置いておいて妄想の世界でいろいろな組み合わせのトレードを考えてみるのは、なかなか面白そうです。
個人的には、実現性の高そうなもので言えば小湊鉄道のキハ200形といすみ鉄道のキハ28・52を交換するとか、秩父鉄道とJR東日本高崎車両センターの12系客車同士を交換するとかいったことを期間限定でよいから行えば新たな集客も見込めそうだし、山手線のE235系と大阪環状線の323系や、近鉄と東武または小田急の特急者同士といったトレードも面白そうな気がします。
あれやこれやの実現可能性は二の次にして、あの車両がこの路線を走ったら・・・と妄想をいろいろめぐらせていると、結構いい暇つぶしになりますし、それ以外にも世間にはいろいろ妄想の種が転がっていそうなので、少々の憂鬱や不安がある時こそ、妄想はいい効果があるような気がします。
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ここでも特急充実の陰で・・・ [鉄道ニュース]

こんばんは、gonanaです。
今年の3月14日は、JR各社はもちろん多数の私鉄・三セク各社でダイヤ改正が行われます。
私の地元を走る西武鉄道も例外ではなく、昨日その3月14日ダイヤ改正の概要が発表されました。
主な内容は下記リンクの記事からどうぞ。

池袋線の特急がすべて001系「ラビュー」に 新宿線に快急復活 西武3月ダイヤ改正 (乗りものニュース)
https://trafficnews.jp/post/93349

池袋線の特急がすべて001系「Laview(ラビュー)」に置き換わるのは当初の予定通りですが、その他にも池袋線と東京メトロ有楽町・副都心線の直通列車が増発されたり、新宿線では8年前のダイヤ改正で消えていた西武新宿ー本川越間の快速急行が、土休日の下り2本だけとはいえ復活するなど、結構規模の大きい改正になりそうです。
しかし、私がこの改正の概要で衝撃を受けたのが、土休日の朝下りと夕方上りの2往復が運転されている池袋ー三峰口・長瀞間の2扉セミクロスシート車4000系による西武~秩父鉄道直通列車の運転区間が、飯能ー三峰口・長瀞間に短縮されてしまうという点。
池袋や所沢などから秩父鉄道線内へ乗り換えなしで直通でき、しかも特別料金不要で乗車できる便利さもさることながら、個人的には関東では数少ない2扉クロスシート車ということもあり、時間が合えば好んで利用していた列車だけに残念でなりません。
数年前に東武6050系(野岩鉄道・会津鉄道所属者も含む)による浅草ー東武日光間および東武~野岩鉄道~会津鉄道直通の快速が消滅したのは衝撃的な出来事でしたが、同じようなことがついに西部でも起こったということになります。
今回のこの措置は、おそらく池袋寄りでの2扉セミクロス車であるが故の混雑の問題や、今後のホームドア整備への対応、さらに製造後30年、機器類が流用された101系の新製から数えれば50年近くが経過した4000系の老朽化問題など、様々な要素が絡み合ってのことと思われますが、いずれにしても今でもかなり需要はあると思われる列車だっただけに何らかの形で池袋直通を維持できなかったのか、というのが個人的な感想です。

この池袋ー三峰口・長瀞間直通列車は、調べてみるとそのルーツをたどると、まだ西武秩父線(吾野ー西武秩父間)が開通していなかった1950年代から池袋ー吾野間で休日に運転されていた「ハイキング急行」にたどり着くことがわかりました。
このハイキング急行、まだ特急用車両のなかった当時の西武ゆえロングシートの車両での運転ではあったものの、列車ごとに沿線にちなんだ個別の列車名がつき、列車先頭にはヘッドマークもつくなど、特急が登場するまでの西武の数少ない華やかな列車だったようです。
昭和44年に西武秩父線が開通すると、ハイキング急行ももちろん西武秩父まで延長運転されるようになりました。その後も一時的に西武新宿線から直通のハイキング急行が走ったりしたこともあったようですが、私が物心ついて西武沿線に住むようになった頃には列車愛称は「奥武蔵」に統一されたようです。
ハイキング急行(列車種別は急行)は昭和55年3月のダイヤ改正で池袋線・新宿線とも列車種別の新設や再編が行われた際に列車種別が「快速急行」に変わったものの、101系をはじめとする当時の池袋線所属の一般車両が急行時代と同じ丸いヘッドマークを付けて走るのは変わりませんでした。
当時は本数も、下りは午前中、登りは夕方に集中して、不定期も含めて確か休日に6~7往復くらいが運転されていた記憶があります。
30数年前に発売されるようになった西武の時刻表には、通常の全列車掲載の紙面とは別ページに池袋方面から飯能ー西武秩父感覚駅へのハイキング利用に便利な列車だけを抜粋して掲載したページがあり(現在の野球開催日の臨時列車の時刻表に類似したもの)、このページでは快速急行は、「奥武蔵」の列車名こそ記載されてはいないものの、特急とともに色分けして時刻が表記されていて、特急とはまた違った意味で特別な存在というイメージでした。
長年ロングシート車で走っていたハイキング急行改め快速急行ですが、それが変化するのが昭和から平成に変わるころでした。
昭和63年に101系の機器を流用して2扉セミクロスの4000系が製造され、快速急行も多くが4000系の運転となり、同時に4000系の列車からはヘッドマークが消えてしまいました。その後もしばらくは101系(新101・301系含む)による快速急行は残ったようですが、ヘッドマークはいつの間にか付かなくなってしまったようです。
その後平成元年4月に西武池袋・秩父線と秩父鉄道の直通運転が始まり、休日には4000系の快速急行が2往復、池袋から直通してくるようになりました。その後いつの間にか池袋と秩父方面を結ぶ快速急行は秩父鉄道直通列車だけになり、さらに最近では列車種別も急行に格下げされて各停運転の区間が伸びたりといった変化があったものの、ルーツとなる列車から数えると60年もの歴史のあるハイキング急行・快速急行でしたが、東武と同様、特急充実の陰で、特別料金不要の2扉クロスシート車による都内から観光地への直通列車が姿を消すという事態になりました。

今回の西武~秩父鉄道直通列車の運転区間短縮は、おそらくは先ほども書いたような事情によるものなのでしょう。
ただ、新型車両への統一もあり特急への注目が集まっているとはいえ、飯能ー西武秩父間の特急通過駅からアクセスできるハイキングコースなども多いと思われ、そこへ行くために必ず飯能での乗り換えが必要というのはサービスダウンという気がします。
そして、秩父鉄道にとっても、都内や人口の多い所沢などからの特別料金不要の直通列車がある、そしてこれらの駅で三峰口や長瀞という駅名がアナウンスされるということは、大いにプラスになるのではないかと思います。
そういったことを考えると、近い将来4000系の置き換えを行う際には、40000系(クロス⇔ロング変換可能車)をベースにした4両編成単位の4扉セミクロスシート車を新製すれば、現在の4000系と同様な運用方法でもホームドア問題は容易に解決可能だし、池袋寄りでの混雑も緩和され、さらに池袋ー秩父方面の列車では一部車両を「Sトレイン」のような指定席車両とすれば、座って三峰口や長瀞へ行きたいというニーズも満足させることができるのではないでしょうか。

いずれにしても、これまで何度も乗車した4000系の直通列車ですが、池袋発着が消滅する前にぜひもう一度乗りたいと思っています。
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土地勘のある場所でこんなものが出てくるとは [鉄道ニュース]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:中央線で1番好きな駅教えて

中央線って、私の住んでいる地域から見ても決して縁遠い路線というほどでもないはずなのに、なぜか並行する西武新宿線よりも利用頻度は圧倒的に少ないのが実情です。もっとも、浪人生時代は西武沿線の自宅から西荻窪の某予備校へ通うために国分寺ー西荻窪間をほぼ毎日のように利用してましたが。
したがって、好きというより馴染みのある駅を挙げるとしても、国分寺・西荻窪・四ツ谷、そして御茶ノ水くらいのものですかね。
国分寺と西荻窪は先ほども書いたように浪人生時代に予備校への通学で利用していたほか、国分寺に関してはそれ以外にも中央線に乗る際の西武線からの乗換駅としてよく利用しています。四ツ谷は所属している視覚障害者団体の月例会のために、最近月イチペースで利用しています。

中央線の駅の中で一番馴染みのある駅は御茶ノ水ですかね。
何しろ生後10ヶ月の頃から50年近く、何かと縁のある駅そして街なので。(もっとも、中央線だけでなく地下鉄丸ノ内線のお茶の水駅を利用することもかつては多かったですが)
御茶ノ水は、学生街のイメージもあってか都心のど真ん中にありながらいい意味でそれを感じさせない非常に敷居の低い街というイメージがあります。
食事をするにしてもどの店も安くて旨いというイメージがありますし。

そういえば、御茶ノ水といえばここ数日この大発見が話題になってますね。

都電ファン歓喜? 御茶ノ水駅前の工事で突如現れた「歴史的遺構」の正体(アーバン ライフ メトロ) - Yahoo!ニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200128-00010000-metro-life

お茶の水橋といえば、私も御茶ノ水に行くたび数えきれないくらい渡った橋なので土地勘もあり、中央快速線の201系の引退が近づいたころにはここから201系を撮影したこともあります。
そんな馴染み深い場所から今になって都電の遺構が姿を現したというのもすごい話ですし、それが鉄道ファン、路面電車ファン以外にも注目されるとは、想像もしていませんでした。
しかも、今回出土(?)したレールは昭和40年代の都電廃止の時埋められたものではなく、戦時中に廃止された支線のレールだったというのも注目されます。
都電をはじめ各地の路面電車が廃止された後、その軌道敷を手っ取り早く道路に変えるためにアスファルトで舗装して埋めた結果、後の道路工事などで軌道式の跡やレールが姿を見せたという話は以前効いたことがありましたが、事情を知らない人にとっては道路工事で鉄道のレールが出土(?)するとは驚きだったでしょうね。
今話題のこの現場も、間もなく新しいアスファルトで舗装しなおされ、貴重な都電の後も完全に姿を消してしまうのも近いのでしょう。
でも都電好きの私としては、現場の現状を記憶や記録にとどめておくことはできないまでも、お茶の水橋の上を低床タイプの都電が走る様子を妄想してみるのも、なかなか楽しいものです。

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