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人の声はやっぱりいい! [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:気持ちが落ち込んだ時の回復法

気持ちや感情の起伏がそれほどない方なので、あまり激しく気持ちが落ち込むということもないけれど、それでもたまにテンションがかなり下がるときはあります。
特にコロナ禍の間は、日々のコロナ絡みのニュースやコロナに伴ういろいろな生活や行動の制約から、どうにも気分が上がらない時期が続きました。
そんな状況で珍しくメンタル的にかなり疲れを感じていた時に救いになったのは人の声でした。家族や友人との会話はもちろん、テレビやラジオから聞こえてくる声も少なからず心の支えになりました。
もちろんその中にはコロナ禍などの現実に引き戻されてしまう話題もあったけれど、そこから離れた日常の話や楽しい話題、笑えるトークなどには大いに癒されるものがありました。
大きな災害があった時に、ラジオからいつも聴いているパーソナリティーの声が聞こえてくるだけでも救われた気持ちになるという話はいくつも聞いたことがありますが、そこまで深刻な状況ではないにせよやはり気持ちが落ち込んだりピンチに陥った時には(合成音声ではない)人の声を聴くのが一番なんでしょうね。
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どこまで頑張れるかわからないけど [ノンジャンル]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:これから挑戦してみたいこと

このブログでも何度か書いたことがありますが、一度小説というかそれに近いものを書いてみたいとぼんやり考えています。
在宅勤務と視覚障害のため以前より外出の機会が格段に減り、日々の生活にも刺激と変化が少ない中で、何か新しいことをして生活を活性化したいという気持ちがあります。
またブログの方もこういう状況の中でマンネリ化した感は否めず、こちらも新しい展開をしていかなければと思っています。
そこで、以前から何となく機会があればやってみたいと思いつつ踏み出せていないのが小説(のような)ものを書いてみるということ。
昔から本を読むのは好きな方ではあるので、小説も難しい内容や重い内容のものは苦手だけれど、肩に力を入れずにリラックスした気持ちで詠めるようなライトな作品を読むのは好きです。
そういうこともあり、自分でもそのような、ちょっとした暇な時間に読めるようなものが書けたらいいなという思いはあります。
また最近、ネットの小説投稿サイトに掲載されたたくさんの小説を読むことのできるサービスを見つけ、そこに掲載されている小説やエッセイを少しずつ読み始めたことも、小説を書いてみようかとあらためて思ったきっかけでした。
ただ私自身は文章や小説の書き方を本格的に勉強したことはなく、いざ小説を書こうにもそのための準備をどのようにしたらよいかもわかっていない状況です。
でもせっかく新しいことをやってみたいという気持ちになっているのだから、どこまで頑張れるかは別として、まずは小説を書くための基礎を勉強するところから始めたいと思っています。
果たして私に人に読んでもらえるような小説が書けるようになるのか全く見通しは立っていないけれど、とにかくゆっくり頑張っていきたいと思っています。
タグ:小説
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あまり好みが変わらないので [ノンジャンル]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:大人になって食べられるようになったもの、食べられなくなったもの

私はもともと嫌いだったり苦手だったりする食べ物が少ないのと、子供の頃から食べ物の好みがあまり変わっていないこともあり、大人になって苦手になった食べ物というのはほぼない気がします。
まあ、例えば甘い物だと子供の頃よりは甘さ控えめなものを選ぶようにはなりましたが。
一方、大人になって食べられるようになった、というより大人になって食べる機会が多くなったものとしては、生の魚介類があります。
子供の頃は生の魚や貝をあまり食べようと思わなかったので、親は私が刺身や握りずしが好きではないと思っていたようです。
実際の私は同じ寿司でもちらし寿司や巻物は好んで食べていたし、握りでも玉子やあなごは好きでした。
その後成長するにつれ少しずつ刺身や生の魚介のネタの握り寿司も普通に食べられるようになっていきました。
まあ、今でも刺身を自分から選んで食べることはあまりないですが。
あと大人になって食べる機会が増えたのがそばです。
家族の中にそばが苦手という人はいないけれど、我が家では昔からそばよりもうどんが出ることの方が圧倒的に多かったです。
特にそばよりもうどんの方が好きだからと言って頼んだわけではなく、親も何となくそばよりもうどんの方を好んで食べていたからというのがその理由です。
これも大人になっていつの間にか、そばもうどんもその時の気分で選ぶようになり、家でもそばを食べる機会が増えていきました。
もっとも、そばとうどんとどちらが好きかと聞かれたら、今でも僅差でうどん派ではありますが。
もう年齢も50歳代になったけれど、これからどこかで食べ物の好みが大きく変わるということがあったりするんですかね。例えば今はあまり好みではない漬物を、齢をとったらやたら食べるようになるとか…
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やっぱり聞きたいのは [ノンジャンル]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:機会があったら一度聞いてみたい話

やはり鉄道好きとしては、鉄道のさまざまな現場で働いていた方に仕事の裏話や今だから話せる話をぜひ聞きたいです。
鉄道雑誌や本などでもそうした記事を読むことはできるけれど、そこに書ききれなかったエピソードやいわゆる「オフレコ話」なんかが聞けたらかなり面白いと思います。
また、鉄道の現場の人たちだけでなく、鉄道好きの大先輩に国鉄時代や昭和の私鉄の面白い話やあまり知られていない話が聞けたりしても個人的にかなり楽しいと思います。
鉄道以外だと昭和・平成年間のテレビやラジオのいろいろな話、特に自分が幼い頃から見たり聴いたりしてきた番組の裏話や今だから言える話も聞きたいです。
まあ、ここまで書いてきたことをまとめると、鉄道にせよテレビ・ラジオにせよ、昔の話をたっぷり聞いてみたいということですね。
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これはまた意外な車両を [鉄道ニュース]

こんばんは、gonanaです。
昨年5月に、西武鉄道が経年の高い車両の置き換え用に他の鉄道からの譲受車両を「サスティな車両」と称して導入するという驚きの発表があってから1年あまりとなり、いよいよ来年度以降に導入されるそれらの車両が発表されました。
詳しくは下記のリンク記事からどうぞ。

西武が導入する他社の中古車=「サステナ車両」決定 なんと2車種100両 東急と小田急から | 乗りものニュース
https://trafficnews.jp/post/128377
西武の「サステナ車両」=「小田急」に驚きの声 “無塗装”じゃなかったの? 条件変更の理由を聞いた | 乗りものニュース
https://trafficnews.jp/post/128387

それにしても、小田急8000系が西武への譲渡車両として選ばれたとはこれまた驚きでした。
譲渡車両のもう一方の東急9000系はVVVF制御で20m4扉のステンレス車ということでまあ想定内といったところですが、鋼製車である小田急8000系が選ばれることになると予想していた人はかなり少ないのではないでしょうか。
私も昨年5月の発表後、西武に譲渡される車両がどこの会社のどんな車両になるのか予想してみました。
それは、現実に譲渡されることになった東急9000系をはじめ、りんかい線の70-000系やJRの209系やE231系の初期車、東武10000系の初期車あたりが西武にやって来るのではないかと考えました。
これらはすべて、ステンレス車体のVVVF制御車という、当初西武が譲受する車両の条件に合致する車両です。
しかし現実には東急9000系を覗いては諸条件が折り合わなかったのか、結局は小田急8000系を譲り受けるという意外な展開になったようです。
最初に「サスティな車両」の導入が発表された時、これで「西武線=黄色い電車」というイメージも過去のものになるかと話題になりましたが、鋼製車の8000系がやって来るということでそれも不透明になりました。
果たして8000系は在来の車両同様に黄色塗装になるのか、はたまた40000系あたりに似せた塗装になるのか、それとも全くの新塗装になるのか、大いに注目というところでしょう。
来年度以降、西武の各支線系統に順次導入されていく「サスティな車両」がどのような姿になって登場するのか、果たして「中古車両」のマイナスイメージを払拭する活躍ができるかどうか、今後の動きに注目です。
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臨時特急「ヌプリ」乗車の思い出 [その他鉄道ネタいろいろ]

こんばんは、gonanaです。
2030年に予定されている北海道新幹線の札幌延伸により「並行在来線」となり鉄道としては廃止される方針となってしまっているJR北海道の函館本線小樽ー長万部間、いわゆる「山線」。
今ではわずかな本数の普通列車が走るだけのこの区間も、かつてはC62形SLの重連で有名になった急行「ニセコ」やキハ80系の特急「北海」なども走った幹線でした。
そして、そんな函館本線山線区間にここ数年、9月の土休日を中心に臨時特急「ニセコ」が運転されています。(列車自体の運転区間は函館ー札幌間)
先日、いつものようにネットで鉄道関連の記事をチェックしていたら、その臨時特急「ニセコ」に関する記事が出ていました。

特急ニセコ号乗車で見えた「並行在来線」再活用の重要性 安易な鉄道廃止は地域の努力を無駄にする(鉄道乗蔵) - エキスパート - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ce89f85729acbb17427cacc569638a4eee465a42

いわゆる「観光列車」のような豪華で非日常間のある列車とは違うけれど、停車駅での名産品の販売などの「おもてなし」にあふれたたのしい列車が「ニセコ」であることがよくわかります。
実は、おそらくこの「ニセコ」の原型ともいえる列車が、2012年の夏休みから走り始めたキハ183系の臨時特急「ヌプリ」号でした。
「ヌプリ」は運転区間も「山線」経由であることも、さらに途中駅での名産品販売などのための長時間停車を挟みながらの行程であることなど、現在の「ニセコ」と共通する部分の多い列車でした。
この列車が好評だったのか、その後列車名を「山線」経由の優等列車ではなじみ深い「ニセコ」に変更したり、使用車両も行く旅か変更されながら今でも運転が続けられているというわけです。
私はその、2012年に運転開始した直後の「ヌプリ」に乗車していますので、今回はその思い出をつづりたいと思います。

2012年8月10日、北海道での鉄道旅の4日目だったこの日は、函館駅近くのホテルを朝にチェックアウトし、まずは函館市電の撮り鉄や乗り鉄を少ししてから函館駅へ。
そしてここから乗車するのが、この年夏の臨時列車として4日前の6日から運転を開始したばかりの札幌行臨時特急「ヌプリ」でした。
この列車の特徴は、運転区間のうち長万部―札幌間を、「スーパー北斗」など他の特急・急行の室蘭本線経由(東室蘭・苫小牧経由)ではなく函館本線のいわゆる「山線」経由(倶知安・小樽経由)で運転すること。
愛称こそ異なるものの、運転経路だけならかつて定期運転されていた特急「北海」のリバイバルともいえる列車でした。
ちょうど北海道への鉄道旅を計画したタイミングでこの列車の運転が発表されたので、その時点でまだ乗車経験のない函館「山線」の踏破もできて一石二鳥とばかり乗車することにしました。
ちなみに愛称の「ヌプリ」とはアイヌ語で「山」を意味する言葉で、沿線にそびえる羊蹄山や駒ケ岳に由来して名付けられたそうです。

「ヌプリ」の列車別改札が始まりホームへ出ると、すでにスラントノーズ形前頭のキハ183形を両先頭に連結したキハ183系4両編成がすでに入線していて、これが「ヌプリ」になります。
スラントノーズのキハ183形を生で見るのも久しぶりで、欲を言えば国鉄特急色リバイバル塗装車だったらもっと感激しただろうに…などとついつい贅沢な考えが頭をよぎりました。
側面の行先幕や前面愛称幕の絵入りヘッドマークも、「臨時」幕ではなく専用のものがちゃんと用意されていて、久しぶりに設定された山線経由の特急列車に対する力の入れようが感じられました。
またホームの発車案内にはしっかりと「ヌプリ」の列車名と「小樽経由」の文字が表示され、駅や車内の案内放送でも「ヌプリ」が東室蘭・苫小牧・南千歳等を経由しないことが繰り返し案内され、「スーパー北斗」「北斗」との誤乗防止に気を配っていることがうかがえました。
こんなところからも、函館―札幌間の鉄道利用では室蘭線経由が当たり前になっている事実を実感させられました。

「ヌプリ」は11:43、函館駅を定刻に発車。
この列車は臨時列車であるためか、特急でありながらかなりゆったりしたダイヤが組まれており、例えば函館―長万部間では当時「スーパー北斗」「北斗」なら1時間10分台、客車列車の「北斗星」「はまなす」等でさえ1時間40分台で走るにもかかわらず、「ヌプリ」はなんとこの間を2時間10分もかけて結んでいました。
その背景として、時間調整や単線区間での交換待ちのため途中の主要停車駅のほとんどではニセコ駅の30分を最長に、比較的まとまった停車時間がとられていることがあります。
そのため、乗車しているとまるで長距離ドン行の旅を楽しんでいるかのような気分を味わうこともできました。
車内では車掌による通常の車内放送とは別に、女性乗務員による車窓などの案内もあったほか、長万部からの山線区間の停車駅のホームでは、停車時間を利用して地元の方々による名産品の販売が行われたりと、単なる都市間移動のための列車というより観光列車的要素も盛り込んだ列車という感じでした。
私も停車時間にはホームに降りてみたり、函館駅で購入した駅弁を食べたり、ちょっと居眠りしたりして、乗っていてなかなか楽しめる列車でした。

18:29、「ヌプリ」は終着の札幌駅に定刻到着。
乗車した4号車(自由席)に限れば函館から札幌まで、ほぼ全区間を通して乗車率はそう悪くはない感じでした。
単純に函館―札幌間の所要時間だけで比較すれば、「スーパー北斗」「北斗」の倍以上の時間はかかるものの、乗車してみての印象としてはGWから初秋あたりにかけての多客期なら「ヌプリ」のような列車にも意外に存在価値はあると感じたものでした。

先ほども書いた通り「ヌプリ」は翌年以降も運転期間や使用車両を何度か変えながら数年間運転され、その後列車名を「ニセコ」に変更して今も9月を中心に運転が続いています。
リンク記事にもあるように今でも「ニセコ」運転時は「山線」の各停車駅や社内でも様々なイベントが行われてかなりの盛り上がりを見せているようで、大々的にPRされたりマスコミに取り上げられたりはしないものの観光列車的要素の強い列車として一定の存在感を示しているように感じられます。
昨今のバスドライバーの不足もあり、小樽ー長万部間がそのまま鉄道廃止→バス転換となるのか不透明な部分がありますが、個人的にはできれば山線区間、あるいは長万部以南の区間の旅客営業も廃止することなく、地域輸送もしつつ
「ニセコ」のような観光列車的な要素を持ちつつ気軽に乗車できる「山線」経由の観光特急列車を走らせるようなことも考えてほしいものです。
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非日常間を味わえる「お出かけ」 [いろんな思い出]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:デパートの思い出

まだ東京の大田区に住んでいた幼い頃は、国鉄の川崎駅前にあったさいか屋というデパートに何回か行ったと母親が話していましたが、私には全くその記憶がありません。
その後、西武線沿線に引っ越してからは池袋の西武に時々連れて行ってもらうようになりました。
何といっても、西武沿線民にとっては池袋が一番身近な都会で、池袋駅で電車を降りて改札を出たらすぐに入ることのできる池袋西武は一番便利でした。
同じ池袋にあるデパートでも東武池袋店にはたぶん一回しか言ったことがなかったような…

そういえば、昭和の時代はデパートに行くというと、数か月に一度ぐらいしかないちょっと特別感のある「お出かけ」の一つだった気がします。
普段着ているのとは違う「よそ行き」の服を着て出かけることも多く、母親から明日デパートに行くよと言われるととてもわくわくした思い出があります。
そして店に入るといろいろな売り場を見て回る父親や母親について回ったり、時には服などを買ってもらったりするのが楽しかったです。
その中でも子供としてはおもちゃ売り場にいる時が一番楽しく、別の売り場で買い物をしている親をそこで待っている間も寂しさや退屈を感じることはあまりありませんでした。
もちろんそこでおもちゃを買ってもらうこともあり、鉄道模型を初めて買ってもらったのも池袋西武のおもちゃ売り場の近くにあった鉄道模型売り場でした。
買い物が一通り終わると、デパートの上層階にあるレストランでお茶を飲んだり食事をすることも多かったです。普段の家の食事とは違う、ちょっと贅沢なものが食べられるのも、今から思うとデパートのレストランの魅力だったと思います。
池袋西武はターミナル駅の大きなデパートですが、それよりも小さな規模のデパートにも何度か行ったことがあります。大きなデパートほど特別な場所という雰囲気はないけれど、その分気軽に何度でも行きたくなったのを覚えています。
こうして子供の頃は(親に連れられてだけど)何度も言ったデパートも、大人になると私自身が高額の買い物をすることが少ないこともあり縁が薄くなってしまいました。
そうこうしているうちに都会でも地方でもデパートは次々閉店したり業態が変わったりし、私にとっても身近な存在だった池袋西武も売却されると聞くと、時代の大きな変化を感じます。
もう昭和の頃のようなスタイルではデパートは生き残れないということなのだと思いますが、何だか寂しい気がします。
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どちらかといえば… [ノンジャンル]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:今修学旅行に行くなら、国内・海外どちらに行きたい?

もし今自分が中高生だったらということで考えると、修学旅行に行けるなら国内だろうが海外だろうが、たぶんどこでも行きたくなるでしょうが…
どちらかといえば国内がいいかな。
何となく国内の方がある程度土地勘がある分、海外よりもいろいろと楽しめるような気がします。
私が中高生の時の修学旅行はどちらも国内でした。(中学=佐渡島、高校=九州)
その頃も高校では海外に行く学校もありましたが数的にはまだ少なく、かなりレベルの高い高校か、英語に力を入れている私立の高校が行くのが海外の修学旅行というイメージだった気がします。
なので、今でも海外への修学旅行と聞くと何だか中高生がうらやましく思えてきたりします。
今では中学生でも海外への修学旅行を経験することがあるようで、最近話題になったところでは東京都港区の全公立中学校の生徒が海外へ修学旅行に行くことになったのだとか。
中学生の修学旅行の行先として国内がいいのか海外がいいのか、何とも難しいところだけど、個人的には「時代は変わったなあ~」と感じてしまいます。
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改めて考えてみると [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:「ごちそう」と思う料理

改めて考えてみると、今「ごちそう」と思える食事ってどんなものなのか、昔ほどイメージがわきにくくなっています。
そういえば、食後の挨拶として「ごちそうさまでした」とは言っても料理のことで「ごちそう」と表現するのをあまり聞いたことがない気がします。
私が子供のころは、今よりも「ごちそう」という言葉もよく聞いたように思います。
あの頃は、外食=ごちそうというイメージでした。
高級レストランで食べる食事だけでなく、デパートなどのレストランやファミレスで食べるステーキやハンバーグからお子様ランチまで、とにかくいつもの家とは違う環境で食べる食事自体が「ごちそう」と感じていました。
大人になって外食をする機会も増えると、今までごちそうと思っていたレストランやファミレスの食事にもそれまでより特別感を感じなくなってしまいました。
いつもとは違う特別感のある食事がごちそうであるなら、高級レストランで食べるコース料理や旅館の夕食などもごちそうということになると思いますが、あまりに高額な料理や普段食べつけないメニューは「ごちそう」とはまた別のランクに入るもののような気もします。
結局のところ、私にとっての「ごちそう」とは普段はなかなか気軽には食べられないけれど、いわゆる「晴れの日」にちょっとだけ奮発して食べる特別感のある料理、ということになるんだと思います。
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いろいろと謎が… [いろんな思い出]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:不思議な夢の話

あまり夢は覚えていない方ですが、そんな中でも何となく記憶に残っている夢もいくつかはあるもので、今回はその中から一つ。

その夢を見たのは、私が高校生だった1989~90年頃だったと思います。
夢の中の私は、神田の神保町のあたりを歩いている時に一軒の喫茶店に入りました。
その喫茶店の中は、とにかく青というか空色一色。
壁から天井、床、テーブルやイス、テーブルクロス、さらにはコーヒーカップやスプーンなどの食器類に至るまで、窓ガラスやグラスといったガラス製品以外はすべて空色で統一された空間が広がっていました。
そんな店内にいた他の客はといえば、当時「愛がとまらない」や「淋しい熱帯魚」などの曲がヒットして大ブレイクしていたWINKの2人、やはり当時確かデビューして間もなかったと記憶している田村英里子というアイドル(現在は俳優などとして活躍しているそうですが)、さらに顔や名前は思い出せないけれどやはり当時活躍していた女性アイドルが2人と、見事に女性アイドルだけという状況でした。
そして、アイドル好きにとってはある種夢のような空間で注文したアイスコーヒーを飲む私…

と、夢のあらましはこんな感じです。
この夢にはとにかく謎が満載です。
まず、なぜこの喫茶店はこんなにも「空色だらけ」の空間になっていたのか? そしてなぜ神保町にそんな喫茶店があるという設定になっていたのか?(もちろん、現実の神田神保町にそのような喫茶店が存在したなどという話は、当時も今も聞いたことがありません)
また、店内にいたアイドル達には、マネージャーや事務所のスタッフなどと思われる人を誰も伴っておらず、WINKは2人で、その他の人は3人でお茶をしながらおしゃべりに興じているといった雰囲気でした。
そんな女性アイドルしかいない店内にいるにもかかわらず、私はといえば特に興奮してテンションを爆上げさせているわけでもなく、淡々とストローでアイスコーヒーを飲んでいるだけというのも謎です。
そして、このシーンの後、この夢がどういう展開を見せたかといえば…全く覚えていません。というか、そもそも「その先」を見た記憶自体がありません。

私は基本的に占いには関心がない方ですが、もし夢占いをやってもらえる機会があったら、ぜひこの夢に出てくる数々の謎がどんな意味を持っているのかをぜひ聞いてみたいものです。
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