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あれから20年か… [いろんな思い出]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:○年の今日、何してた?

ちょうど20年前の今日は、新卒で入社したとある金融系の会社を辞めた日でした。
大学時代の就職活動のスタートが少し遅れた影響なのか、それとも私のアピール力不足のせいなのか、おそらくは両方の理由でなかなか就活ははかどらず、就職浪人寸前だった3月下旬になってやっとこさ内定が出たのがその会社でした。
決して志望していた方向の業種の企業ではなかったけれど、就職氷河期とも言われた時期だけに、とりあえず就職浪人を避けられただけでもよしと考えて入社することにしました。
入社後まず配属されたのが営業部門。
もっとも私は直接営業活動をするわけではなく、いわゆる営業事務的な仕事をすることになりました。
当時から自分には営業職は向かないと思っていたので、直接営業活動をしないのはよかったけれど、それでも何の基礎知識もなく飛び込むことになった金融関連の営業部門に配属されたということで、どうも自分には場違いな場所に来てしまったというような感が強く、入社後1か月近くなると「たぶんこの会社に定年までいることはないだろうな」と漠然と考えるようになりました。
そんな私のことを上司が気付いたからかどうか、それから間もなく私は経理部に異動することになり、経理の知識はあまりないながらもそれほど苦手意識を持つことなく仕事ができました。
その後さらに総務部へ異動して仕事をしていましたが、そのような中でもやはり志望先としては全く考えていなかった金融関係の企業に入ったという何となくの居心地の悪さがずっと会ったことは否めず、また会社や部署の一部の決め事に対するもやもや感もあり、いろいろ考えた末、入社後7年5か月で退社することにしました。退社にあたっては、必ずしも自分とは相性の合わない部分もあった会社とはいえ、就職浪人になる一歩手前で私を拾ってくれた恩義もあるので悩みましたが、やはりこのままではいつか限界が来るような気がしてや辞めることにしました。
そういうこともあって、最後の出社日となった20年前の今日の帰り道は、退社して一区切りついたことによるスッキリ感よりも、特に今後何をするかが具体的に固まっていない中で会社を辞めたことや、再就職先がうまく見つかるだろうかという不安の方が大きく、重い足取りで家への帰路につきました。

その後、自分なりに今後何がしたいのかいろいろ考えて再就職先探しに励んだものの、新卒での就活の時と同様なかなか行き先が決まらず、結局次の就職先が決まるまで8か月かかる結果になりました。
再就職した会社は働きやすい環境で人間関係もよく、視覚障がい者になって今まで通り勤務することが難しくなって退社するまでの11年少々の間、大きな問題もなく働けたのは幸いでした。

あの日辞めたあの会社での経験が、今どのように生きているのかはわからないけれど、自分にとってはやや働きずらい面もあったあの会社での日々も、あれから20年ともなると月日の流れを感じます。
タグ:20年前
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なんだか、人とのつながりを欲している今日この頃 [日々のあれこれ&つぶやき]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:こんな友達、作りたい!

一番つくりたい(欲しい)友達は、たとえ取るに足らないような日常のどうでもいい話やくだらないバカ話であっても、飽きもせずお互いフラットな立場で語り合えるような友達ですね。
いろいろな方向に話が脱線しながら、時間の経つのも忘れておしゃべりを繰り広げられる、そんな友達がいたらどんなに毎日が楽しいだろうと思っていましたが、現実にはそのような友達に出会うことはまだありません。
もしそんな友達が出来たら、電話やズームやらで話すのもいいけれど、やっぱりリアルで会って一緒に酒を飲んだり食事をしながらそれこそ閉店まで時間を忘れてしゃべりあいたいものです。

あとはやはり同じ鉄道好きの友達がもっと欲しいですね。
これに関しては、時折メールのやり取りをし、リアルでも何度か会ったことのある友人がいますが、彼は車いすユーザーのため外出にも何かと制約がつきまとい、なかなか気軽に鉄道旅や鉄道イベントに一緒に出掛けるということもできずにいます。
もし新たに鉄道好きの友達をつくるなら、やはり一緒に鉄道旅や鉄道イベントに出かけたり、鉄道話で何時間でも盛り上がれるような人がいいですね。
私的には一緒に鉄道旅などに出かけた時に誘導をしてくれたり、乗車した車両の車番や列車の込み具合などの視覚情報も教えてくれたりするとなお嬉しいですが、そこまで求めるのはわがままでしょうかね。

視覚障がい者になったことや在宅で仕事をするようになったこと、さらにはコロナ禍のご時世のせいもあるのか、ここ1~2年ほど、何となく以前よりも人とのつながりを強く欲している自分がいます。
孤独というほど深刻なものではないけれど、もしかすると今が人生で一番「友達が欲しい(つくりたい)」時期に来ているといってよいと思います。
タグ:友達
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やっと夏休みらしいことができた…かな? [視覚障碍者としてのあれこれ]

こんばんは、gonanaです。
今日(日付的にはもう昨日ですが)、久しぶりにちょっとお出かけしてきました。(鉄道旅ではありませんでしたが)
これは、私が利用者として登録している視覚障がい者向けの同行援護サービスの会社が主催した、利用者やヘルパーさんとの親睦を図るための一日旅行会で、全部で30名ほどの視覚障がいのある利用者とヘルパーさんが参加しました。
朝、JR・東武の川越駅前に集合し、大型バスで旅行会に出発。
川越ICから関越道で花園ICへ向かい、そこから一般道を走ること1時間少々で到着したのが、秩父鉄道長瀞駅に近い大型バス用の駐車場(?)
ここからマイクロバスで向かったのは、長瀞名物のライン下りの乗船場。
実は今日の旅行会のメインイベントだったこのライン下り、午前中の雨で無事楽しめるのか直前まで気をもみましたが何とか無事乗船。
荒川の約3㎞の川下りに出発です。
乗船前はかなりワイルドな船の揺れと、流れの急な場所での派手な水しぶきを想像していましたが、雨で川の水量が増えていたからなのか、それとも天候がよくないので船頭さんがかなり慎重に船を操っていたからか、比較的穏やかな乗り心地でした。
25分ほどの川下りを楽しんだのち、再びマイクロバスでもとの駐車場まで戻り、ここからは私達利用者とヘルパーさんのペア単位での約3時間のフリータイムに移りました。
まずは長瀞駅から歩いて10分ほど歩いたところにある食堂で秩父名物の「わらじかつ」のカツ丼で昼食。
運ばれてきた丼には、丼からはみ出す、まさにわらじのようなビッグサイズのとんかつが2枚も載り、柔らかくてジューシーなカツが大満足の丼でした。
その後は長瀞駅の周辺を散策したり、長瀞駅の改札外にある待合室で一休みしたりしてフリータイムを過ごしました。
今日は気温もさほど高くはありませんでしたが、これも長瀞名物のかき氷や水ようかんを販売する店には多くの人が訪れていたようで(私とヘルパーさんはかき氷は食べませんでしたが、道を歩きながらヘルパーさんが教えてくれました)、その他のお店もなかなかにぎわっているようでした。

長瀞でのフリータイムを終えて再びバスに乗り、30分弱走ったところにある「花園フォレスト」という観光施設に立ち寄りました。
ここは、ヨーロッパの古城をイメージしたという建物の中でバームクーヘンやケーキなどの和洋のスイーツやパンなどが楽しめるほか、「モネの散歩道」と呼ばれる美しいバラの作広大な庭園もある観光施設です。
ここでも1時間ほどのフリータイムが設けられていて、お土産を購入したリコーヒーを飲みながら一息入れたり、庭園を散策したりして過ごしました。バラの方はシーズンから外れていたからかあまり多くは咲いていなかったようですが…
「花園フォレスト」でのフリータイムが終わって再びバスに乗り、すぐ近くの花園ICから関越道を走り、川越駅前に戻ってきてこの日の旅行会は終了となりました。

実は、今回の旅行会を主催した同行援護事業所に昨年秋に私が利用者登録をして以来、このような親睦イベントに参加するのは今回が初めてでした。
今回ペアを組んでくださったヘルパーさん以外は初めて会う人ばかりでしたが、そんな私にも何人かの利用者さんやヘルパーさんが声をかけてくださったおかげで、一日非常に楽しい時間を過ごすことができ、ここに来てやっと夏休みらしい思い出ができた気がします。
これをいい突破口に、そろそろ少しずつ積極的にいろいろな所へ出かけるようにしていきたいです。
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結局は基本に戻る? [ノンジャンル]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:好きなアイス

食べ物系のお題の時にはほぼ毎回書いている気がしますが、アイスもほぼどんなフレーバーのものでも好きなんですけどね。
サーティーワンの店に行ってアイスを買ったり、ハーゲンダッツなどの高級アイスを食べる機会はほとんどないけれど、普通にコンビニなどで売っているアイスやソフトクリームでも十分に満足できてしまいます。
子供の頃は、基本のバニラだけでなく、チョコやストロベリーといったフレーバーのアイスも大好きでした。
私が子供だった40年以上前は、今のように細分化されたいろいろな味が楽しめる時代ではなく、せいぜいチョコやストロベリー、オレンジにチョコミントなどくらいのものだった記憶があります。
でも母親に時々連れて行ってもらうスーパーにはソフトクリーム用のコーンにショーケースの中の7~8種類のフレーバーアイスを注文に応じて乗せてくれるアイスクリーム売り場?があり、そこで毎回のようウニアイスを買ってもらうのが楽しみでした。
その時によく買ってもらったのがチョコやそれとバニラとのミックスでした。
その後もずっとチョコやチョコミントのアイスは好きでよく食べていました。
あとは「チョコモナカジャンボ」などのモナカの皮にアイスが入っているものや、アイスをチョコなどでコーティングしたもの、あるいは自販機で売られている「セブンティーンアイス」など、とにかくいろいろなタイプのアイスにハマっていきました。
そういったアイスはもちろん今でも好きですが、大人になって今ぐらいの年齢になると普通のバニラアイスもなかなかおいしいものだと改めて感じるようになりました。
これも年齢を重ねて、一周回って基本に帰る、ということなんでしょうかね。
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断捨離の必要性はわかっちゃいるけど… [ノンジャンル]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:捨てられず困っているモノは?

私はどうも大胆に物を処分するということが苦手で、使わなくなって久しいのに捨てるタイミングを失ったままの物がいろいろ机の引き出しや部屋の押し入れなどに眠っています。
もはや今ではどんな電化製品のものかもわからなくなった電源アダプターや、古くなって使わなくなった財布やら小銭入れやラパスケースなど、いつか思い切って全部捨ててしまわないと、と思いつついまだに断捨離できていないものがいろいろあります。
そして、もしかするとそれらよりも多いかもしれないのが、鉄道関連の本や雑誌、鉄道旅の途中やあちこちの鉄道イベントで購入したプリペイドカード類や鉄道グッズなどなど。
これらも、なかなか整理する決心がつかないまま時が経ってしまっています。
何年も前の本や雑誌を処分せずに保存しておいても、それを改めて読み直す機会は思っているより少ないことはわかっています。
ましてや視覚障がい者になった今では、紙の本や雑誌を読むことも難しくなってしまいました。
(一応、スマホで本のページを撮影し、そこに書かれている文字を画像解析して読み上げるアプリは使っていますが、目を使って読むようには正確・スムーズに読んでくれるとは限らない)
でも…、そういう状況になってもなぜか鉄道関連の本はなかなか気軽に処分する気になれないんですよね…
なんだか、自分のこれまでの鉄道好きとしての歴史(というには大げさだけど)を本や雑誌と一緒に捨ててしまうような気分にならないかという不安がどこかにあるのかもしれません。
カード類や鉄道グッズに関しては、本や雑誌ほどの強い思い入れがあるわけではないけれど、「ちりも積もれば」といった感じでいつの間にやら数がどんどん増えて言った感じです。
私は鉄道イベントに行っても、車両部品やナンバープレートなどには金銭的な問題もあってなかなか手が出ない一方、それほど効果でないキーホルダーや携帯ストラップ、クリアファイルなどの手ごろな商品は特定のジャンルにこだわらず気に入ったものを何点か購入するということを毎回のように続けていました。
またオレンジカードやパスネットなどの鉄道系プリペイドカードが盛んに発売されていた頃は、普段使いのためという意味合いも含めて駅や列車内、イベントなどでそれらのプリペイドカードを購入する機会も多く、さらにはブルートレインの個室寝台のカードキーやシャワー室利用のためのシャワーカード、そしてテレホンカードといったプリペイドカードもどんどん増えていき、特にコレクションしている意識はなくてもどんどん物が増えていくことになりました。
とにかく、どこかで一大決心をして大胆な断捨離をしなければ…と思いつつなかなか踏み出せないでいるので、少しずつ不要なものを捨てていくことを考えないと…

なんてことを書いていると、私のそんな行動をまるで見透かしたかのように、こんな記事が出てしまい…
今、私の心は大いに揺さぶられています。

歴代の名車両がJR各社監修のもと、迫力のビッグサイズで集結!「鉄道車両 金属モデルコレクション」が9月27日に創刊 - HOBBY Watch
https://hobby.watch.impress.co.jp/docs/news/1434157.html

この手のシリーズものの鉄道関連の「○○コレクション」、過去にもいくつか手を出しては途中で挫折してシリーズが完結することはなかったけれど、またしても性懲りもなく買い始めてしまいそうです。
しかも毎号付属するモデルが歴代の名車揃い、しかもHOゲージサイズのダイキャストモデルなので、マガジンを読むことが困難な私でもモデルに触れることで実車の姿を頭の中でイメージすることができるのが魅力的です。
このシリーズをすべて買い集めるとすれば、約3年の月日と約56万円もの費用を要する壮大なコレクションになり、それこそ大胆な部屋の断捨離を断行しなければ置き場所にも困ってしまうのはわかっちゃいるんだけど…

う~ん、思いっきり心が揺れ動いてたまらない…(苦笑)
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今はこれしかないでしょう! [日々のあれこれ&つぶやき]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:絶叫マシンに乗って絶叫したいこと

今でも、絶叫マシンといえども絶叫してはいけないんですかね?
いくら感染対策とはいえ、一言も発せずに乗らなければならない絶叫マシンなんて、せっかく乗ってもただただもやもや感が残るだけな気がしてならないんですけど…
ほんと、何も気にすることなく思いっきり絶叫しながらマシンに乗れる日はいつになったら戻ってくるんでしょうか?

それはともかく、私がいま絶叫したいこと、それはずばり!

「ああ~~!! どっかへ鉄旅してぇ~~!!!」

とにかく、列車に乗ってどこかへ旅に出かけたい!たとえ日帰りでもいいから!
そんな気持ちが溜まりに溜まって爆発寸前といってもいいくらいです。
何しろ、GWに日帰りで静岡・甲府を経由してぐるっと回る鉄道旅をして以来、まともに鉄道に乗る機会を失ったままなので…
実は昨日まで、夏休みを取っていました。
7月の末ぐらいまでは、この期間に久しぶりに泊りがけの鉄道旅にでも出かけようかと考えていました。
しかし、どこへ行こうか行き先を決めかねている間にコロナが再拡大してしまい、そのままどこへ行くあてもなく夏休みが終わってしまいました。
私の場合、在宅勤務ゆえ休みといってもどこかへ出かけでもしなければほとんど日常と変わり映えのしない日々になってしまい(唯一の違いといえば会社のパソコンを起動して仕事をするかしないかだけ)、ずっと家にいるだけではせっかくの夏休みを無駄に過ごしてしまった感がぬぐえません。
ほんと、どこかで鉄道旅に出る決心をして(本来はそんなことしなくても気軽に出かけられるのが一番だけど)、たまったストレスを思いっきり発散したいです。
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久大本線12系客車普通列車乗車の思い出 [その他鉄道ネタいろいろ]

こんにちは、gonanaです。
今はなき列車の乗車体験記シリーズ、今回は九州の久大本線を走っていた12系客車による普通列車に乗車した時の思い出です。

久大本線は、鹿児島本線の久留米駅から分岐して日田・豊後森・湯布院などの駅を経由して日豊本線の大分駅とを結ぶ九州横断鉄道の一つであり、人気の観光列車「ゆふいんの森」の運転ルートでもあります。
その久大本線にはJRの時代になっても青い12系や赤い50系による客車の普通列車が残っており、当時の九州でも貴重な存在になっていました。
そんな久大本線の客車列車も、いつ気動車化されてもおかしくない状況と知り、1997年の夏に九州へ行った際に乗ってみることにしました。

九州への鉄道旅の3日目の朝、あいにくの雨の中、前夜宿泊した博多駅近くのビジネスホテルを出て鹿児島本線の快速で鳥栖駅へ向かいました。
ここから乗車するのがこの日の最大の目的である鳥栖(確か)10:00頃発の12系普通列車でした。
久大本線の起点は久留米駅ですが、この列車はそこから2駅博多寄りにある鳥栖駅が始発でした。
さらにこの列車は、時刻表上は鳥栖ー豊後森間の運転ということになっていましたが、実際には豊後森で列車番号を変えてそのまま大分駅まで約6時間をかけて直通運転するという、客車列車を楽しむにはうってつけの列車でした。
9:30頃?、国鉄色のDE10を先頭に入線してきた豊後森行は、狙い通りの12系客車4~5両の編成。
その12系は青い車体に白帯2本という製造当時のままの姿なのはうれしかったのですが、車体には黒い汚れ?の筋が屋根から縦方向に何本も伸びていて、せっかくの国鉄時代を思わせる姿に水を差している感はぬぐえませんでした。
この時期の久大本線の12系客車の中には、以前夜行急行「かいもん」「日南」やスキー臨時列車「シュプール号」などで活躍していたリクライニングシート装備の車両もあったようですが、私が乗車した列車は全社が原型のボックスシートの車両だったと記憶しています。
発車まで少し時間はありましたが、入線後ほどなくしてドアが開いたのでとりあえず適当な車両に席を確保し発車を待ちました。
やがて消えたままだった車内灯も転倒し、車掌さんによる社内放送も始まりましたが、そこで告げられたのは、何と乗車した車両の冷房が故障しているという事実。
まあ、仮に冷房が効かなくても、12系客車は窓が開くので、晴れていればそれはそれで窓を大きく開けて客車の旅を楽しむことができる絶好のチャンスと考えることもできたでしょうが、外は雨、しかも朝ホテルを出た時よりも降り方が激しくなってきているような状況ではそうもいきません。
ただ雨のせいで当日は気温がそれほど高くならなかったようで、暑さはほとんど感じませんでしたが。

定刻の10時頃になって、DE10+12系の豊後森・大分行は鳥栖駅を発車し、鹿児島本線を2駅分走って久留米駅から久大本線に入りました。
客車の車内は昼間のローカル列車らしく乗客も1両に数人という状況で、堂々とボックスシートの向かいの座席に靴を脱いだ足を投げ出して座ることができました。
相変わらず窓の外では雨が激しく降り、少し風も出てきたようでした。
久大本線などの九州横断の路線は、今の肥薩線がそうであるようにたびたび豪雨災害での長期間の不通を余儀なくされていて、久大本線も確かその数年前に豪雨による長期不通があったこともあり、どこかで大雨による足止めを食らう事態にならないかという不安が頭をもたげてきました。
久大本線の主要駅の一つの日田駅には昼前に到着。
列車はここで40分ほど停車。ここまで乗車してきた人の多くがここ日田で下車するらしく、到着後すぐに私の乗る車両の乗客は私一人だけに。
そして停車時間が長いからか車内灯も再び消えて、何となくこのまま車内で発車を待っていずらい感じになってきたので、一旦改札を出ることにしました。といってもこの雨では駅の外に出て街歩きもできず、待合室のベンチで地元の人と一緒に時を過ごしました。
やがて乗車中の豊後森・大分行の発車時刻が近づいて再び改札を入り、もといた座席に戻っったところで日田を定刻に発車。日田駅で購入した駅弁(どんなものだったかは残念ながら覚えていませんが)を食べながら引き続き客車の旅を楽しみました。
その先の豊後森駅でも長めの停車時間があり、列車番号も変更した12系普通列車は、16時頃にまだ地上駅だった終着の大分駅に到着。
激しい雨で一時はどうなることやらと不安だった久大本線の旅も無事終わり、6時間にわたる客車ローカル列車の旅を堪能できて満足の一日となりました。

この久大本線の客車列車もその数年後にはすべて気動車化され、それどころか今では客車による列車といえばほぼ特別なイベント列車やSL列車でしか体験することのできない超希少な存在になってしまっています。
私自身、ローカル客車列車がまだ盛んに走っていた時代にそれらの列車に乗りに行く経験ができなかったことは今でも悔やまれてなりません。
でも、こうしてのんびりと客車で旅をする経験がわずかとはいえできたのは、非常によい思い出です。
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なんだかんだで人相手の方が安心できる [その他鉄道ネタいろいろ]

こんにちは、gonanaです。
私自身はその方面の事情には疎いところがありますが、今や飛行機や高速バスに乗るための予約をしたり、各種エンタメのチケットを取るのも、すっかりネット経由でするのが当たり前になったようですね。
この傾向は鉄道でも同じで、ネット限定の予約サービスや割引きっぷなどがどんどん登場してきています。
そして、そういう流れの他、人手不足やコロナ禍での大減収を背景にした人件費の削減といった事情もあり、最近は駅のみどりの窓口や指定券・長距離きっぷを買える窓口がどんどん削減され、代わりに以前からあった指定券の自動券売機にコールセンターにいるオペレーターとのビデオ通話機能を持たせた券売機が設置されるというケースが増えています。
この新型券売機には、先ほども挙げたような人件費の削減など鉄道会社にとっての利点のほか、利用者側でも窓口の営業時間を気にせずに指定券などが買えるメリットがあるというのですが、実態はなかなか便利に利用できるとはいい難い場面もあるようで…

消える「みどりの窓口」、代わりの券売機「プラス」に不満続出、1時間たっても払い戻しできず結局「窓口に」 JR西日本、対策は?(47NEWS) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/fb952a4920e0017672e4a3684570945139268f23

この新型券売機の使い勝手については、この記事が出るずっと以前から私の所属する視覚障がいのある鉄道ファンのメーリングリストでも話題になっていたのですが、障がいを持つ人や高齢者などでなくても使いにくい場面があるようですね。
視覚に障がいを持つ人がこの券売機で指定券や定期券などを購入する際の手順については、メーリングリストで詳しく解説してくださる方がいて参考になりましたが、その前段階のオペレーターに通話がつながるまでに時間がかかる(しかもいつ順番が回ってくるのかが読みにくい)となると、下手をすれば窓口に並んで指定券などを購入するより手間や時間がかかってしまうことになり利用者側にとってのメリットもなくなってしまいます。
また払い戻しなど新型券売機では対応できない(しにくい)項目もあるようで、こうなると窓口で係員さんに対面でいろいろとやってもらう方が簡単で安心、ということになってしまいます。
かといってみどりの窓口などの削減と新型券売機への置き換えが続く流れは止まらないでしょうから、このままでは列車の指定券などを購入するのも相当面倒な作業になり、そのことが鉄道全体の利用者減につながる恐れもあるでしょう。

どうも、この新型券売機の導入は、もともと人手が不足していたところへコロナ禍の利用者減という状況が追い打ちをかけ、それによるコストカットが求められる中であまり準備期間のない状況で導入したことで、必ずしも使いやすいとは言えないシステムになっているという意見もあるようです。
もちろんJR各車もそのことは重々承知で、現在はシステムが定着してサービスもスマートになっていくための過渡期だととらえることもできるとは思いますが、それまでは指定券の購入などに不便を感じるような減量化は最低限にとどめるのが望ましい気がします。
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今も僕の心は 終わらない夏休み [ノンジャンル]

こんばんは、gonanaです。

本日のお題:泣ける歌詞は?

若い頃は、あまり歌詞の内容やその世界観を深く味わいながら音楽を聴く習慣がなかったけれど、年齢を増すにつれて単純にメロディーや歌声を楽しむだけでなく、歌詞にも注目しながらその曲の世界観を想像しながら曲を聴くことが多くなりました。
そのため、昔よく聴いていた曲でも、いま改めて聞くとなかなか泣ける歌詞
だったという曲がいくつかあります。
そんな曲の中で、ちょうど今の時期にいつも聴きたくなるのが、おニャン子クラブの「夏休みは終わらない」という曲です。
この曲は、1986年にリリースされたおニャン子クラブの2枚組アルバム「PANIC THE WORLD」DISK1の7曲目に収録されている曲です。

細かな歌詞は歌詞検索などで見ていただくとして、この曲がどのような世界観を歌っている曲であるかを私なりに想像すると、リゾート地化されていない鄙びた海辺の集落に住んでいる(のであろう)「僕」と、都会から夏休みで遊びに来た「君」とのひと夏の切ない思い出を「僕」の一人称で歌った曲、といったところでしょうか。
私がこの「PANIC THE WORLD」がリリースされた当時、リアルタイムでこの曲を聴いたときは歌詞に対して特別な思い入れを抱くことはありませんでしたし、また私には歌詞に歌われているようなひと夏の恋の思い出も残念ながらありません。
そんな私も、その後年齢を重ねてこの曲を聴くたび、歌詞に何か感じるものがあり涙がじわりとにじんでくるようになってきました。
これも昔より歌詞を噛みしめながらいろいろな曲を聴くようになった影響なのでしょうか。

この曲を聴きながら私の頭の中に広がる世界は、昭和の鄙びた海辺の夏休み風景。
そしてそんな中での、ちょっと切ない短い夏の恋の物語です。
自分には経験のないそんな思い出も、もし私が「僕」だったらと妄想することで、素直に感情移入できるようになったから、この曲の歌詞が心に染み入るようになったのかもしれません。
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まさに「生活の一部」 [ノンジャンル]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:ラジオって、よく聞く?

もう、「よく聴く」なんてレベルのものではなく、私にとっては「ラジオを聴く」ということはもはや生活の一部といっても過言ではありません。
もともと、小学校5年生の頃にラジオを聴くことにハマって以来、現在までラジオを聴くことをやめた時期はありませんでした。
その後20歳代後半になったあたりからテレビにかつてほどの興味がなくなっていた中で、一日中テレビを見ないで過ごす日もだんだん出てきましたが、ラジオを全く聴かない日というのはほとんどありませんでした。
そして、視覚障がい者になった今、画面からの情報が得られないテレビに対し、見えていた時とほぼ変わらない環境で聴くことのできるラジオは重要な情報源であり、日々の楽しみでもあります。
ニュースや天気予報、硬軟さまざまな情報を得ることはもちろん、在宅ワークなどの際の「ながら」のBGMとしても欠かせない存在になっています。
またラジオでは、テレビではほぼ姿を消した毎時00分の時報が今もほとんどの局で健在で、それ以外にも現在の時刻がアナウンスされる機会が多いのも、音声で時刻を知らせてくれる時計や在宅仕事をする際にはありがたいものです。

ラジオ大好き歴40年の私としては、特に若い世代に「ラジオを全く聞いたことがない」とか「そもそもラジオってどうやって聴くのかわからない」という層が多いのは残念なところです。
テレビやネットは特に意識しなくても常に身の回りにあるものというイメージが強いのに対し、ラジオは自分や周囲の誰かがラジオを購入するとか、家やよく行く場所で流れていたりとか、ラジオ聴く習慣が根付くきっかけがないとなかなかその面白さや便利さに気づかない弱みがあるというのも、ラジオの不利な点かもしれません。
ただ、近年はパソコンやスマホでラジオを聴くことができる「radiko」サービスが定着したり、ラジオパーソナリティーの発言がネットニュースに取り上げられたりと、ラジオにとって明るい材料もあるのも事実です。
また、以前は放送エリア外の地域では知られることのほとんどなかった東京以外の地域のラジオ番組が全国的に人気となったりするような、昔は考えられなかった楽しみもあり、まだまだラジオは盛り上げ方次第でまだまだ伸びしろがあると思わせてくれてもいます。
ラジオ好きとしては今後もずっとこの傾向が続いてくれたらと思っています。
そして、ラジオに関しては、最近こんな変革も起ころうとしています。
タグ:ラジオ RADIKO
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