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【過去の乗り鉄】115系で甲信地方ぐるり旅 その2 [その他鉄道ネタいろいろ]

こんばんは、gonanaです。
昨日に引き続き、7年前の115系乗り継ぎ旅の振り返りです。

湘南色の115系で上越線水上駅まで往復して高崎に戻った後は、いよいよ中央線高尾駅までの原則115系だけを乗り継ぐ、本日の乗り鉄旅本来のコースをたどります。
高崎から乗車するのは、11:20発の信越線横川行133M。
もちろん車両は高崎車両センターの湘南色115系です。
空席も目立つのんびりムードの133Mの車内では、高崎駅で購入した駅弁「高崎線開業130周年記念弁当」で少々早めの昼食。
中身は豚の生姜焼きのたっぷり載ったご飯と煮物少々。
あまりスペシャル感は感じられないけれど、シンプルながら普通においしい弁当といったところでした。
ただ、個人的にはあと少しだけ生姜焼きご飯の量が多いともっとよかったですが。

11:53、133Mは横川駅に到着。
乗継ぎ旅をスタートしたばかりではありますが、ここでレール上の乗り継ぎルートは一旦途切れてしまいます。
ここから軽井沢駅までは、鉄路のなくなった横川ー軽井沢間を結ぶJRバス関東の碓氷線でルートをつなぎます。
今はなき碓氷峠の区間は、1992年の2月頃に一度乗ったことがあるだけ。
しかもこの時は大学時代に所属していたサークル(鉄道や旅関連ではありませんでした)の長野へのスキー旅行の帰りという状況だったので、乗り鉄モードになって車窓などを細かく眺める余裕がなく、その後も廃止まで乗りに行くチャンスに恵まれないままだったという、今思うと非常に悔いの残る場所です。
現在はどうなっているかわかりませんが、当時の軽井沢駅行のバス乗り場は、横川駅の目の前ではなく、駅と近くにある碓氷峠鉄道文化むらの間にありました。
駅からだと歩いて1~2分程度の距離ではありますが、この日は35℃ぐらいの暑さにはなっていたようで、そんな中バス停まで歩くのも面倒に思えてしまいました。
バス停に着くと、バスを待つ列が長かったので1台目のバスにすんなり乗れるかどうか不安でしたが、やって来たバスが座席の多い観光仕様車だったこともあってか結局ほぼ定員乗車の状態で収まりました。
この碓氷線のバスは信越線の廃止区間の代行バスという位置づけの路線だからなのか、バスの出入口の脇には、列車のサボを思わせる運転区間の表示(ステッカー?)が掲出されていました。

信越線133Mからの接続を受けた軽井沢行のバスは、定刻12:10に横川駅近くのバス停を発車。
私は道路の事情に詳しくないので、このバスが経由している道路名はわかりませんが、お盆も近い土曜日の真昼間の時間ということで懸念していた道路の渋滞に引っかかることもなく、カーブの連続する山道をバスは快調に飛ばしていきました。
結局軽井沢駅には時刻表上の到着予定時刻の12:44より2分ほど早着。
国鉄バス時代も含め、JRバスに乗るのは、実は記憶に残っている限りでは現在に至るまでこの一回だけなんですが、渋滞や遅延にイラつくこともなく、まずは快適なバス旅でした。

次回、軽井沢駅から再び115系乗継ぎ旅に戻ります。
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