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【過去の乗り鉄】新潟の115系乗りまくりの旅 その5 [その他鉄道ネタいろいろ]

こんばんは、gonanaです。
新潟エリアの115系に2日間乗りまくった7年前の乗り鉄旅の振り返り、今回で最終回です。

弥彦線の踏破を終え、新潟の115系の7年前の運用範囲のほぼすべてで115系に乗ることが達成できたところで、吉田から越後線・白新鮮・羽越線直通の村上行1941Mで新潟駅に戻ってきましたが・・・
新潟駅2番線に1941Mが到着する寸前、反対側の3番線に停車中の列車を何気なく見た瞬間、テンション急上昇!
なんと!(確か)当時新潟車両センターに4両編成・3両編成各1編成存在した115系湘南色編成が、18:00発の越後線内野行1546Mとして発車待ち中でした。
当時も新潟の115系に湘南色の編成がいることは知っていましたが、当時の新潟の115系は現在よりも運用範囲が広く、まだまだ稼働編成数もそこそこ多かったので、正直遭遇は期待していなかったんですが・・・
新潟の115系を追いかける旅の終盤で遭遇できるとは、あまりにも出来すぎたサプライズでした(笑)
停車していた湘南色編成(当時の新潟車両センターL6編成)は、新津・長岡方のクハ115が広島地区とここ新潟にしか配置のなかった2000番台、中間のモハユニットは非ユニット窓の初期形0番台、村上方のクハ115は先頭車化改造車と、特徴のある車両が揃った4両編成でした。
あわただしく撮影を済ませた頃、1546Mは内野へ向けて定刻発車。
この編成とは、その後1時間少々してもう一度別のホームで出会うことになりました。

さて、115系の乗り歩きも終わり、あとは夜の夜行快速「ムーンライトえちご」で新潟を後にするだけになりましたが、「えちご」の発車まではあと5時間あまりあるので、新潟駅ホームをあちこち移動しながらいろいろな列車を撮影して待ち時間を過ごしました。それらの中から、特徴のある車両や列車を上げると・・・(相変わらず肝心の画像がなくてすみません)
●新潟車両センターの485系・485系3000番台
特急「北越」「いなほ」、快速「くびき野」、さらに新潟地区のホームライナー的列車「らくらくトレイン村上」「らくらくトレイン信越」、そして回送列車でこの間に延べ6編成を見ることができました。
●485系改造車「きらきらうえつ」
この日午前中に新発田駅で撮影した485系改造の観光列車「きらきらうえつ」が、羽越線象潟駅から新潟に到着したところを撮影。
到着後は新潟車両センターへ回送されるので車内には入れないものの、窓からのぞいただけでも乗って楽しそうな車両で、ぜひ次回は乗車したいと思っていながら、とうとうそれは実現できませんでした。
●磐越西線馬下行2244D
この2244Dは、3種のカラーのキハ40・47形の4両編成でした。
編成村上方先頭のキハ40 586と新津方先頭のキハ47 1515は赤白ツートンの塗装。確かこの塗装は、リニューアル改造を受けた車両を示すカラーだったと記憶しています。
村上方から2両目のキハ47 1516は一般的な新潟支社色。
そしてもう一両のキハ40 583は何とタラコ色リバイバル車!
キハ40系列のタラコ色復元車は当時も各地に登場していましたが、この車両を見るまでまさか新潟地区にもいたとは知りませんでした。
編成中間に挟まっていてきれいな形式写真が撮れないのが残念でしたが、全く想定外だっただけに出会えただけで相当なサプライズでした。
●DE10牽引「ばんえつ物語」号
当時、定刻であれば19:00ちょうどに新潟駅に到着するはずの会津若松発の「SLばんえつ物語」号は、この日は1時間半遅れでの到着。
しかも先頭に立っていたのはC57 180号機ではなく、ヘッドマークなしのDE101680号機。
どうやらC57にトラブルが発生したことによる代走牽引のようでした。
前日の新津での撮影時は不調の兆候など感じられませんでしたが、遅延が発生していたことを考えると、運転中にどこかでトラブル発生となったのかもしれません。
残念な状況だった「ばんえつ物語」でしたが、この年から「ばんえつ物語」編成に加わった展望車スロフ12 102をホームからゆっくり眺めることができたり、新潟から新津までの改装を牽引するEF81の姿も見ることができました。
ただ、新潟到着が大幅に遅れたのと、DL牽引だったせいなのか、私以外に「ばんえつ物語」を撮影している人はあまりいませんでした。
その後、C57 180牽引の「SLばんえつ物語」の新潟駅での撮影のリベンジは果たせないまま、「ばんえつ物語」は始発駅が新津駅に変更されてしまったのは残念でした。

新潟駅の在来線各ホームをあちこち移動しながらの撮影の合間には、昼に続き夜も新潟駅の駅弁で夕食。
昼は魚介系だったので、今度は肉系ということで「新潟和牛弁当」を購入。
めんつゆ仕立てという変わった味付けの「にいがた和牛」のすき焼きがご飯の上にたっぷり載っていました。
「にいがた和牛」というのはこの時初めて知ったブランド牛肉ですが、パッケージにはにいがた和牛の簡単なうんちくも書かれていて勉強になりました。

新潟駅構内で撮影をしながら時間をつぶすこと5時間あまり、帰路に就くため乗車する夜行快速「ムーンライトえちご」の発車が近づいてきました。
23:24、新潟駅8番線に485系国鉄色車の「ムーンライトえちご」が入線。
2日間の新潟遠征もあとはこの列車で新宿へ向かうだけになりました。
この時間、もうそろそろ新潟を発着する各線も最終列車の時間を迎え、日曜の夜ということもあって他のホームは閑散としてきましたが、さすがに18きっぷシーズンど真ん中、「えちご」の発車するホームは活気がありました。
そして、国鉄色の485系ということで撮影者も多数でした。

「ムーンライトえちご」は23:38、新潟を定刻発車。
新潟発車時点ではパラパラと空席があった車内も、長岡発車の時点でほぼ満席になったようでした。
「ムーンライトえちご」は翌朝5:10に新宿駅に定刻到着。
到着後、新宿・東京方の先頭車クロハ481-1030のところまで来ると、すでに前面愛称幕の「幕回し」が始まっていて、懐かしいものからレアなものまでいろいろなヘッドマークを見ることができました。
国鉄色の485系先頭車が「北越」や「いなほ」のマークを表示する姿を見ることができたのもよい記念になりました。
残念ながら撮影時のシャッターのタイミングと相性幕の動きとがうまくシンクロせず、どちらも中途半端な位置でシャッターが切れてしまいましたが・・・
でもこういった光景を目にすることができるのも、愛称幕方式のヘッドマークを持つ国鉄型車両ならではといったところでしょう。

そして、乗客を降ろした485系が回送となって新宿駅を発車するのを見送って自宅への帰路についたのでした。

それから7年の年月が過ぎ、今回の乗り歩き旅の振り返りの中で登場した車両や列車も大きく変化しました。
何といっても7年前はまだまだ健在の感が強かった新潟車両センターの115系も、E129系の投入により大幅に車両数、運用範囲、運用本数とも減少し、近い将来には終焉の時を迎えることになるでしょう。一方で国鉄時代の赤と黄色の「新潟色」をはじめとする各種のリバイバルカラー編成が登場し、その点では最後の盛り上がりと言ってもよい状況になっています。
その他にも、新潟駅が高架化されたり、485系やキハ40系の引退と「北越」「ムーンライトえちご」等の廃止など、7年の年月はこんなにも新潟エリアの鉄道に変革をもたらしたのだということを実感します。
それだけに、大半の区間を115系で旅することのできたこの乗り鉄旅は、国鉄型車両好きにとってはよい思い出となりました。
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あおたけ

中央本線からも高崎地区からも消えてしまい、
JR東日本の115系は新潟が最後の砦ですね。。。
そして115系王国のしなの鉄道にも、
ついに後継車が輸送されたようで、
こちらも終焉が見えてきた感じです。
115系を乗りまくった旅は
国鉄の名残を感じる貴重な経験でしたね☆
by あおたけ (2020-04-10 17:56) 

gonana

あおたけさん、こんばんは!
思い出してみると、7年前はうまく行程を組めばこうした国鉄型車両三昧の旅も、地域によってはまだまだできていたわけで、隔世の感がありますね。
せめてしなの鉄道から115系が消える前に乗りに行けたらと思っています。
by gonana (2020-04-11 23:12) 

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