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ちょっとわがまま過ぎ? [ノンジャンル]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:今ほしい友達、どんな人?

やはり今一番いてほしいのは、たわいもない話やくだらないバカ話を普通にできる関係の友達ですかね。
視覚障害者となったり仕事が在宅勤務になった上に、コロナ禍で外出する機会も激減している影響からか、普段はあまりメンタル的に不調を感じることのない私も日々不安を感じたりいつまで続くかわからない閉塞感に負けそうになることもあります。
そんな時に、リアルでもいいし電話やZOOM、クラブハウスでもいいのでとにかくおバカな話をしてお互いストレスを和らげられるような関係の友達をつくりたいです。

それと、同じ鉄道好きで、一緒に乗り鉄などへ出かけた時にはいろいろ手助けしてくれる人ですね。
視覚障害者になってから、見えないがために乗り鉄をしていても十分には楽しめなかったり、同行援護のヘルパーさんに乗り鉄中の駅などでの誘導のため付き添っていただくにしても、なかなか思うようなスケジュールを組みにくいということもあります。
個人的には、ヘルパーさんが鉄道好きで鉄分多めな会話も気を遣わずできるというのもうれしいですが、鉄道好きな友達が一緒に出掛けた先などで誘導やいろいろな視覚情報のフォローをしてくれたりするという感じの方がより自由にいろいろ動けそうな気がします。

あとこれは以前も書いたことがある気がしますが、パソコンやスマホなどのIT関連の知識が豊富で、何かトラブルや相談事があればいつでも相談に乗ってくれたりアドバイスをくれたりする友達もほしいところです。
パソコンやスマホそのものには特に苦手意識はないものの、細かな設定やら高度なITまわりの知識が求められるような作業は相当に苦手ですし、難解なIT用語や機能やサービスの名前や内容など、聞いただけでは意味や内容を理解しきれないような(特に横文字の)言葉にもなかなかついていけません。
また視覚障害を持つ者の立場からすると、いくらパソコンやスマホでスクリーンリーダー(画面読み上げソフト)が使えるといっても、現実には画像やPDFファイル、Webによるサービス登録等に必要な画像認証など、スクリーンリーダーでは読み上げが不可能なものも多く、パソコンやスマホを使いこなすにはどうしても目の見える人の手助けが必要な場面が頻繁にあります。
そうした時に、今すぐとは言わないまでも、例えば週末にパソコンなどの困り事にまとめて対応してもらえるような人が友達にいたら、本当にありがたいです。

…といろいろ書いてきましたが、書き終わって改めて読み返してみると、こりゃあかなりわがままな願望ですね。すみません。
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男一人じゃ、楽しい場所も… [いろんな思い出]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:一人では行けない場所

基本、一人であちこちへ行くことにはほとんど抵抗を感じない私ですが、そんな私でも男一人で遊園地やテーマパークに行くのは気が引けてしまいます。
遊園地やテーマパークってものはやっぱり男が一人で行くところではないですね。

そんな私ですが、実は2回ほど一人で遊園地に行ったことがあります。
一度目は大学生の時のことで、今はなきとしまえんに行きました。
母親がどこかから割引券をもらってきて、それの期限切れ寸前のものが私に回ってきました。
私は別に行く気はなかったのですが、「捨てるのももったいないから使って」という母親の言葉に負けて渋々行くことにしました。
その日はいくつか乗り物に乗ったり園内のゲームコーナーで遊んだりしながら開園直後から昼過ぎまで園内にいましたが、やはり家族連れやカップルで大賑わいの休日の園内を男一人で歩き回ったところで寂しさやつまらなさはどうにも拭えず、せっかくの日曜日を無駄に過ごしてしまったような気がしました。
結局、としまえんはその後訪れる機会がないまま閉演してしまい、子供の頃から何度も遊んだとしまえんの思い出の最後がこんな形になってしまったのは何とも残念でした。
もちろん、決してとしまえんには何の罪もないし嫌いになったわけでもないけれど、できることならもう一度家族や友達、恋人と一緒に遊びに行きたかったです。

あと一回は、10年ぐらい前に東京都荒川区のあらかわ遊園に行った時のことです。
この時は遊園地の乗り物には乗らず、園内で生体保存されている都電の旧型車両6000形6152号を見たり撮影したりするのが目的でした。
あらかわ遊園はとしまえんほど派手なアトラクションや絶叫マシンがあるというわけではないけれど、その分緑も多く、園内を歩いていてもどこか大きな公園を散歩しているような気分になり、家族連れが多くてもとしまえんのようなアウェー感もほとんど感じませんでした。

でもやはり、遊園地は家族や友達などと賑やかに一日を過ごすのが本来の楽しみ方でしょうね。
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それを活用できる場面って… [ノンジャンル]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:眠らなくても良い体になりたい?

眠らなくてもよい体…
別にならなくてもいいかな~

好きな事ややりたいことがあってそれに没頭することはあっても、睡眠時間を犠牲にしてまで没入しようとまでは思わないですね…
百歩譲って若い頃なら、寝る間を惜しんで何かに熱中するためにそういう体を手に入れたい気持ちになることもあるでしょう。
でも、さすがにこの年齢になって眠らずに何かをするというのは、確実に体に悪影響が出るでしょう。

そもそも、30年前の「24時間戦えますか?」のCMが流行った頃ならともかく、「働き方改革」が声高に叫ばれ、コロナ禍もあって夜通し遊ぶという機会も少なくなってきたこのご時世、仮に眠らなくてよい体を手に入れたとして、それを存分に生かせる場面ってどのくらいあるんでしょうかね?

やっぱり、夜になったり疲れたりしたら普通に眠くなる体でいる方が、生き物としても自然な気がしますが…
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親子そろって友達でした [いろんな思い出]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:しばらく会ってないけれど、久しぶりに会いたい人

このお題では数日前にも記事を書いたばかりですが、昨日の電車通園の記事を書いているうちに、それに関連して思い出した幼稚園の友達(とその家族)がいたので、今日はそれについて書きます。

その友達は同い年のT君でした。
もともとT君とは幼稚園でも同じ組だったこともあって仲が良く、園で遊ぶのはもちろん、幼稚園の裏手の斜面の上の方にあるT君の家にもよく言って遊んでいました。
そんなこともあり、私とT君の間だけでなく、私の母親とT君のお母さんも今でいう親しい「ママ友」の関係になり、T君の2つか3つ年下の弟のJ君ともども、家族ぐるみ(といってもそれぞれ母親と子供だけですが)のお付き合いをしていました。
そんな中、前回も書いた通り私と家族は埼玉県某市への引っ越しが決まり、私は母親とともに卒園まで約5か月間電車通園をすることになりました。
これにより、母親は朝の登園時、それとその日の保育間が終わる時間に私を送り迎えしてくれることになりましたが、土曜日など午前中で保育時間が終わる日には私が幼稚園にいる間に自宅へ戻ってもすぐに幼稚園へ向かえに行く時間になってしまいます。
そのことを母親がT君のお母さんに相談したところ、私を幼稚園へ送ってから迎えに行くまでT君の家で過ごさせてもらえることになり、ついでに私やT君、J君ともどもお昼をごちそうになってから家に帰るということになりました。
T君の家はかなり古びてはいるものの少し広めの建物で、庭も広くて遊ぶのにはちょうどいい広さでした。(もっとも、あまり整備はされていなくて雑草だらけでしたが)
そんなT君の家でのひと時、私と母親はT君たちとともにお昼ご飯をごちそうになり、私とT君、そして時にはJ君は家の中でプラレールをしたりいろいろなおもちゃで遊んだり、庭でキャッチボールをしたりして遊びました。一方私の母親とT君のお母さんもいろいろな話に花を咲かせていたようで、親子ともどもT君の家での数時間が毎回楽しみでした。

そして、私とT君の幼稚園卒園で電車通園は終わり、T君やJ君、2人のお母さんともお別れとなりました。
その後はお互いに連絡を取り合うこともなくなってしまいましたが、幼稚園卒園から1年ほどたったある日、T君のお母さんから家族で八王子市内の団地へ引っ越したのでよかったら来てほしいという電話があり、母親や妹ともども会いに行くことになりました。
団地のT君一家の住む部屋にお邪魔すると、久しぶりに会うT君、J君、そしてお母さんが出迎えてくれました。
T君とはそれぞれが通っている小学校の話や友達の話をしたり、部屋にあるコンポに接続されているマイクを使って遊んだりと、久しぶりの再会を楽しみました。

T君一家とはその後、全くあっていません。
私と同い年のT君はもちろん、あの頃は小さくてかわいかったJ君も今やすっかりおじさんになってしまいましたが、もし叶うならどこかで再会し、幼稚園時代の思い出話をしながらお酒を酌み交わしたいものですし、T君のお母さんもご存命ならあの頃いろいろとお世話になったことへのお礼をしたいと思っています。
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短くも鉄分濃い思い出 [いろんな思い出]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:電車(バス)通学、してる?してた?

小中学校時代は公立ということもあり徒歩でしたが、高校は自転車の時と電車利用の時がほぼ半々、大学時代は電車通学でした。
高校時代の電車通学の思い出はさほどありませんが、遠距離通学だった大学時代に関しては思い出もいろいろあるのでまた機会を改めて書こうと思います。
というわけで今日は、それより前の幼稚園時代に、短期間ながら電車通園をした時の思い出です。

私と家族は、私が幼稚園に入る少し前頃から東京都清瀬市に住んでいました。
私の通っていた幼稚園は、当時の家の目と鼻の先といえるほど近くにあり、年長組に上がった頃は両親に園までの送迎をしてもらわずに自力で園へ行くこともあったようです。
ところが、幼稚園の年長組の年の秋に、私たち一家は現在も住んでいる埼玉県某市に引っ越すことになりました。
ここで問題になったのが、私の幼稚園の事。
年長組なので、幼稚園での生活もあと半年を残すだけになった段階での引っ越しということで、両親もどうするか迷っていたようです。
幼稚園では基本的に徒歩か家族の自転車で送迎できる範囲からの通園しか認めていなかったようですが、たまたま同じ年長で別の組の子の中からもほぼ同時期に引っ越しで通園が難しくなるかも、という子がいたらしく、結局あと半年で卒園だからという事情もあって私ももう一人もそろって引っ越し後の電車通園の特例が認められました。

清瀬市から某市への引っ越しはその年の10月中旬にあり、それから約5か月間の電車通園が始まりました。
まだまだ一人で電車に乗れるようにはなっていないので、園のある日は毎日母親に幼稚園まで送り迎えをしてもらっていました。
自宅から最寄りの駅まで母親の自転車の後ろに乗り、そこから西武新宿線、さらに所沢駅から池袋線で隣の秋津駅へ。さらにここから10分弱歩いて幼稚園へ、という約50分ほどのコースでした。
母親はほぼ毎日このコースを朝と午後に2往復するわけで、しかも当時まだ生まれて1年半ほどの妹を背負って自転車や電車に乗るのも大変だったと後に聞きました。季節的にも寒い時期で、雪が降った日などは、いつも以上に苦労したとも話していました。
そのことを思うと、母親には感謝しかありません。

一方の私といえば、母親の苦労をよそに、すでに電車が大好きになっていたこともあり、毎日電車に乗れるのが楽しくて仕方がないという感じでした。
まだ電車の細かい型式の違いなど分からない頃でしたが、それでもいつも乗る電車なのにいつもとは違う見た目の車両が来たことに気付いて何だか興奮したり、母親に抱っこしてもらって運転室の後ろから前方の眺めを楽しんだり、6歳にして早くも立派に鉄ちゃん」ライフを楽しんでいました。
今思うと、当時の西武線は5000系の特急「レッドアロー」をはじめ黄色い車体の新型車から赤とベージュ塗装の旧型車各形式、さらには貨物輸送用の電気機関車や貨車まで、現在とはまた違った意味で車両のバラエティーが豊かで、趣味的にも面白い時期でした。
もしこれが今だったら、スマホでいろいろ写真や動画に撮って残したのかも…なんて妄想もふくらみます。
また、幼稚園からの帰り途中に母親が所沢駅前で買い物をすることが時折あり、その時たまにスーパーのドリンクコーナーでソフトクリームを食べさせてくれたり、たい焼きの屋台でたい焼きを買ってくれたりといった、電車以外での楽しみもありました。

こんな電車通園の日々も、私の卒園とともに無事終わりました。母親にとっては毎日の幼稚園までの往復がなくなり、さぞホッとしたことでしょう。
今は私立などの、家から遠い幼稚園に電車で通っているという子供も結構いるのかもしれません。
私が電車通園をしていた40数年前とは様々な状況が違いますが、この年齢から公共の電車やバスなどで通園や通学をするというのも、これはこれでよい経験になるのかもしれませんね。
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もうチョイ寝たいなあ… [ノンジャンル]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:平均睡眠時間は?

だいたい5~6時間ってところですかね。
基本的に在宅勤務の会社に勤めるようになったこともあり、以前よりは一日のスケジュールにも少しゆとりが出てきた気もしますが、平均睡眠時間は通勤していた頃とそれほど変わっていないです。
夜は、夕食を食べて風呂に入ってネットやったりたまにテレビ見て…ってやってるとたちまち時間が経ってしまい、結局寝るのはたいてい0時前後になることが多いです。
そして平日は朝6時頃に起きるので、睡眠時間も先ほど書いた通りの時間になります。
もちろん今では会社への通勤時間を考慮する必要のない生活なので、朝はもう少し遅くまで寝ていてもいいんでしょうけど、何となく学生時代からの習慣なのか、平日は6時ぐらいには目が覚めてしまいます。
週末も、目覚まし時計をかけずに眠りたいだけ眠る、というのもたまにはしてみたいですが、実際には平日よりもわずかに遅い程度の7時ぐらいには起きてしまいます。

それと、最近は年齢のせいなのか、同じ時間眠るにしても朝までぐっすり眠れることが以前より少なくなった気がします。
夜中に何度もトイレに起きて…という感じではないけれど、2~3時間くらいの睡眠で目が覚めてしまい、そこからなかなか眠れなくなったりすることが増えてきたようにも思います。
これは一度、睡眠の質を見直す必要がありそうです。
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思いっきり年令がバレるな(苦笑) [ノンジャンル]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:子供のころ流行ったもの

改めて思い出してみると、私が幼稚園から小学生だった頃は、結構いろんなものが大きなブームになっていました。
超合金にガンダムに、キン消し(キン肉マン消しゴム)になめ猫グッズ…
もっとも、私はどれもほとんどスルーしてましたけど(笑)

私が覚えている初めての「流行りモノ」は、幼稚園に入ったか入らないかぐらいの時期のスーパーカーブームでした。
すでに幼いながら鉄道好きの沼にハマっていた私ですが、見慣れた日本の車とは全く違うスーパーカーのかっこよい走りをテレビで見るたびに、一度こういう車に乗ってみたい、運転してみたいと思ったものです。
特に、当時確か東京12チャンネル(現在のテレビ東京)で放送していた、その名も「スーパーカークイズ」という子供向けのクイズ番組で、毎回流れるスーパーカーの走るカッコいい映像を見て、心が車に傾きかけたこともありました。
あと、ゲームではインベーダーゲームも流行っていたし、現在の携帯型ゲーム機のはしりともいえる任天堂が出していた「ゲームウォッチ」なんてのも2~3個持っていた記憶もあります。

でも、当時一番ハマっていたブームといえば、やはり鉄道好きとしてはブルートレインブームを忘れるわけにはいきません。
ブルートレインを引くEF65の写真の入ったノートや筆箱などいろいろなブルートレイン関連のグッズも売られていてそれを集めてもいましたし、東京駅でのブルートレインウォッチングにも何度か行ったことがあります。
残念ながらその時代にブルートレインに乗ることは叶わなかったけれど、小学生の間に数回、日曜の午前中を東京駅で過ごしたのも、今や懐かしい思い出です。
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和歌山のおっちゃん [いろんな思い出]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:しばらく会ってないけれど、久しぶりに会いたい人

このお題で記事を書くのはもう何度目かわからなくなってきましたが(笑)
今回は、私がかつて別の場所でやっていたブログの読者の方で、一度だけリアルでお会いしたことのあるMさんについて書きたいと思います。

Mさんは当時(10数年前)40歳台前半ぐらいの男性で、和歌山市内に住んでいました。
そのMさんが、どういうきっかけか私のブログの読者登録をしてくださったことがMさんとの出会いでした。
当時の私のブログは、記事の内容の大半が鉄道がらみのもので、読者登録をしてくださっていた方も多くが同じ鉄道好きの人たちだった中で、Mさんは数少ない「非鉄」な方でした。
そのためか、私の記事に対してMさんからいただくコメントも記事の内容についてのかなり素朴な質問をぶつけてくださったりするものが多く、他の読者の方とは違った独特な反応を示してくれるのが楽しみでした。
一方、Mさんのブログの記事は大好きな釣りのレポートやご家族のことなどが中心で、記事から伝わってくる温かな性格の釣り好きのおっちゃんという感じのキャラクターとともに、なかなか楽しませてくださる方でした。

そのMさんがある時、「もし和歌山に来ることがあれば市内だけやけど案内してあげるから声をかけて」と言ってくださいました。
そこで、2008年のGWに関西へ鉄道旅に出かけた際、そのお言葉に甘えてご一緒させていただくことになりました。

その日は宿泊していた大阪市内のホテルを朝に出てJR阪和線で和歌山へ向かいました。
当日のMさんのスケジュールの都合でご一緒できるのが夕方の2時間少々だけということだったので、それまでは私一人でJR紀勢本線や和歌山電鉄の乗り鉄を楽しみました。
乗り鉄や当時和歌山電鉄貴志駅の「ねこ駅長」だったたま駅長との対面を終えてMさんとの待ち合わせ場所のJR和歌山駅に戻り、いよいよMさんと初めて会うことになりました。
初めてリアルで顔を合わせたMさんは想像していた通りのよき釣り好きのおっちゃんという感じの方でした。
そして、駅前からMさんのワンボックスカーに載せていただいて和歌山市内ミニ鉄ちゃんツアーに出発しました。
まず向かったのは、2002年に南海和歌山港線和歌山港―水軒間廃止に伴って廃駅となった水軒駅の跡でした。
ここには廃止区間がまだ営業していた頃に2回ほど来たことがありました。
水軒駅は駅舎もない1線1ホームだけの無人駅で、港に近いからか人家もあまりなく、何だか最果てのローカル線の終端駅のような風情が漂っていました。
それゆえか、水軒駅にやってくる列車は一日わずか2本だけという、大手私鉄の駅とは思えない「秘境駅」といってもよさそうな駅でした。
Mさんに案内していただいた時にはもうすでに廃止から6年ほど経過していましたが、線路(跡)に並行する道路の端から柵越しに眺めると、生い茂った雑草に邪魔されてホームなどの遺構はあまりよく見えませんでしたが、それでもホームらしきものがまだ残っていたのは何とか確認できました。
Mさんによれば、当時廃止区間の線路や架線、水軒駅などの撤去費用がかさむというので、まだそれらが撤去されずに残っているのだと教えてくださいました。(現在は廃線跡や水軒駅の跡がどうなっているのかは不明ですが)
つい6年前まで一日わずか2往復のみとはいえ電車が発着していた駅の廃止後の寂しい姿に胸が痛くなりましたが、鉄道好きの私のためにわざわざ案内してくださったMさんには今も感謝です。

水軒駅跡をあとにして再びMさんの車に乗り、次に向かったのが和歌山城のすぐ近くにある岡公園という小さな公園でした。
Mさんが私をここに案内してくださったのは、ここに国鉄の蒸気機関車C57119号機と、昭和46年3月まで和歌山市内を走っていた南海和歌山軌道線の路面電車321号が保存展示されているからでした。
現在の保存状況はわかりませんが、当時C57は、かつて紀勢本線で運転されていた準急「くまの」のヘッドマークを掲げた状態で置かれていて、特に柵などもありませんでしたが比較的良い状態で保存されていました。
一方の和歌山軌道線321号は金網のフェンスに囲まれて保存されていて、写真撮影には苦労しました。
フェンスの外から見た限りでは車体に破損などは見当たらないものの、クリーム色と水色のツートンカラーの塗装もやや色あせが目立ち、少々哀れな姿でした。
でも、本やビデオでしか見たことのない和歌山の路面電車の車両を見ることができたのは私にとって大きな収穫でした。
SLも和歌山軌道線もMさんの子供の頃の記憶には残っているそうで、少しですが思い出話も聞かせてくれました。
ここも、ただ列車に乗っているだけではなかなか訪れる機会のない場所だけに、Mさんにはよい物を見せていただいたと今も思います。

岡公園から再び和歌山駅に戻り、Mさんとのミニ鉄ちゃんツアーも終了しました。
Mさんとお会いしたのは今のところこの時だけでしたが、車の中でいろいろお話させていただいた時のMさんの和歌山弁(たぶん)と、優しい釣り好きのオッチャンという感じの風貌は、今でも心の中に残っています。
Mさんが今どうしているのかはわかりませんが、今も和歌山や周辺の海で釣りを楽しんでおられるのでしょうか。もし機会があるのならまたいろいろな話を聞かせていただきたいものです。
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結果、それがよかったのかも [いろんな思い出]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:パソコンの使い方、どこで勉強した?

私が初めてパソコンを使ったのは、社会人になった1995年の春のことでした。
それまで私はワープロを使ったことはあっても、周囲にパソコンを使っている人はほとんどおらず、私にとってはパソコンは縁遠いものだと思っていました。
それが社会人になったことで業務にも普通にパソコンを使うことになり、ほぼイチからパソコンの使い方を覚えることになりました。
本来であれば、パソコン初心者がいきなり業務でパソコンを使うことになったなら、事前にパソコン教室で基本的な操作方法を勉強するとか、入社前の研修である程度使い方を先輩社員が教えてくれるといったことがあるのかもしれませんが、私の場合は就職浪人になる寸前での入社だったためそういったことをする余裕もなく、いきなり入社日当日から初めてのパソコンを使った仕事に入りました。
もちろんわからないことは先輩が丁寧に教えてくれ、幸いワープロの経験も多少はありましたが、それでも初めてのパソコンでの業務には不安な点も多かったのは事実です。
そこで役に立ったのが、その当時本屋でよく売られていたパソコンのマニュアル本でした。
当時はちょうどWindows95が出て間もない頃で、Windows95や表計算ソフトのExcel、ワープロソフトのWordといったものの使い方を開設したマニュアル本がいくつも売られていました。
私はそれらのマニュアル本を数冊買い、会社のデスクに置いていました。
私の配属された部署の上司も私がパソコン初心者であることを理解してくれ、業務の合間にパソコンの使い方を自主学習することを許可してくれたので、大手を振って(?)マニュアル本を見ながらパソコンの基本操作やExcelでの票やグラフの作成の仕方、Wordでの文書作成の仕方など、パソコンで業務を行うための基本的な操作は大体マスターすることができました。
今から振り返ってみると、パソコン教室などでパソコンを教わるよりも、まずはマニュアルを見ながらでも自由にあれこれ操作しながら覚えるというやり方で学んだおかげで、パソコンに対する苦手意識をそれほど持つことなく使いこなせるようになったのではないかと思います。
そしてまだ目が見えていた頃にある程度はパソコン作業のしかたが見についていたことは、視覚障害者になり画面読み上げでパソコンを使うことになった時にも有利に働いたような気がします。
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この季節はやっぱり! [ノンジャンル]

こんにちは、gonanaです。

本日のお題:今行きたいのは温泉地?南の島?
こう毎日めちゃくちゃ寒いと、温泉だろうが南の島だろうがとにかく暖かいところへ出かけたくなりますが、どちらかを選ぶとなれば心身ともにじっくり温まれて癒される温泉がいいですね。
特別にここは絶対行きたい!という温泉地があるわけではないけれど、あえて希望があるとすれば列車で比較的簡単にアクセスすることができ、温泉宿の周辺がほどよく賑わっている場所の方が個人的により楽しい気がします。
とは言いつつもやっぱり、のんびりゆっくりできる温泉が一番ですね。

そういえば…
前回温泉地で湯船につかり、温泉宿やホテルに泊まったのはいつのことだったんだろう…?
温泉の最寄り駅の駅前で足湯につかってみたりしたことはあったけれど、すっかり温泉にはご無沙汰になってしまっています。


今後は、乗り鉄旅の途中に温泉でのひと浴びを組み込むことも考えてみようかな…
タグ:温泉 足湯
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